日本に帰って来て ヨゼフ・アベイヤ
   24年ぶりに日本に帰って来て、嬉しく思います。
 皆さんの祈りと時々の便りに助けられて24年間のクラレチアン宣教会全体のための仕事を無事に終わることが出来ました。
ありがとうございます。

この24年間に何をしたかというと、4つの中心的な仕事がありました。
1、最初の12年間は、宣教会の福音宣教の総責任者としてクラレチアン会が働いている65の国で、総会で定められた方針に添って活動するように指導をするのが中心でした。
ですから各管区を訪問し、色々な宣教活動の場を訪ねることが出来ました。
 それと同時に総長の顧問会の一員としての責任も果たしました。

2、2003年に総長に選ばれて、宣教会全体に対してあらゆる分野において責任を持つよ うになりました。
一番大事なのは会員一人一人が喜びをもって自分の召命と使命を忠実に生きるように努めることです。
ですから会員との関わりはとても大切です。
そのために出来るだけそれぞれの管区を訪問しなければならない。
色々な国を訪問することが出来て、貴重な経験になったのです。
また教会のさまざまなありかたと活動を見ることが出来ました。

3、その間に世界司教会議(SYNODUS)に3回参加させていただきました。
教皇様と全世界からローマに集った350人ぐらいの司教様との会議は勉強になりました。
教会全体の多様性と一致を強く感じることが出来ました。

4、総長としてヴァチカンの修道者省や他の部門での働きと関わりもありました。
また色々なクラレチアン会の管区を訪ねるときに多くの司教、司祭、修道者、信徒に出会う機会に恵まれました。
 これを主にして来たのですが、その中で色々な気づきがあったし、さまざまな問いかけを感じました。

まず現代教会のいくつかの特徴をあげてみたい。
1、教会の人口に大きな変化があった。ヨーロッパとアメリカが中心になっていた教会はどんどんアフリカとアジアで人数を増しています。
またこの二つの大陸において教会の成長は素晴らしいものです。

2、第二ヴァチカン公会議から50年たった今は、教会は現代社会との対話を大事にし続けています。
公会議は神様からの大きな恵みでした。
私達の信仰生活の刷新を促し、教会と福音宣教の新しいあり方を考え、実現するように求めました。
これは現代においてもとても大事な課題です。

3、3年前の教皇ベネデイクト十六世の辞任は歴史的な出来事でした。
教皇様は全教会に深い霊性を示めされた。
自分に与えられた使命が奉仕であり、そして本当に奉仕としてこれを福音的に果たしておられたことをはっきりと示されたのです。
自分がもうこの重い責任を果たす力がないとわかったときに、辞任をなさいました。
教会を前進させる勇気のある決断でした。

4、教皇フランシスコが選ばれて、それは聖霊の大きな賜物でした。
教皇様は自分の修道者としての体験、また南米の教会の体験を全教会に提供してさらにその刷新をすすめています。
「出向いていく教会」になるように呼びかけています。
同時に人々が必要としている「神のいつくしみ」を証することの大切さを強調していらっしゃいます。
私達にとって福音宣教を考えるための根本的な方針です。

5、教会の平和と正義のための働きは世界で評価されています。
大きな責任になります。

6、各地域(ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ、オーストラリアと太平洋の島国)の歩みが、皆にとって力と励ましとなっています。
7、残念ながら、教会のなかでも数多くの問題もありました。
これらは教会の信用性に暗い影を落としたのです。

色々な国と教会を訪ねて福音宣教に対するチャレンジも感じました。
簡単にいくつかあげてみます。

1、グローバル化された現代世界は宣教のありかたを問いかけています。
グローバル化の中に積極的な面がありますが、残念ながら必ずしも疎外されている人々の現状を念に置いて進められている現実であるとは言えません。
その中で多くの人々の生活の基盤が破壊され、貧富の差が広がり、多くの人々の人権は無視されています。
どのようにイエスのもたらした解放を述べ、証すればいいのでしょうか。

2、大地の叫びも強く聞こえて来ます。
教皇様の最近の全教会への手紙は自然を守るための強い呼びかけです。
司教会議では太平洋の島国から来られた司教達はこの点をすごく強調していました。
彼らにとって命にかかる問題です。

3、文化と宗教の多様性を大事にされている世の中、どのようにキリストの福音を述べ伝えるか。
対話の必要性を強く感じると共に自分自身の信仰を深める必要性も感じます。

4、現代社会の中で多くの人々が霊性の渇きを感じています。
多分これという宗教団体に入る意思がないが、心の渇きを満たしたい望みをもっています。
どのようにこういう人々のニーズに応えることが出来るのでしょうか。

5、不正と対立の多い現代世界の人々の苦しみをみて、また大勢の人々がそのために自分の国を出なければならない状況を見ると、キリスト者は無関心でいられないはずです。
何を、どのように、キリスト者としてこの問題にかかわったらいいのでしょうか。

6、教会における一人ひとりが与えられている使命と役割をより深く認識する必要があります。
共に歩むことがとても大切ですが、自分の独特の使命を果たしながら進んで行かなければならない。
だから、信徒は特に家庭と社会において一番根本的な役割が与えられています。
教会内のことに力を注ぎすぎると教会の福音宣教の働きは弱くなります。
まだ他の点がたくさんありますが、このぐらいにしておきます。

そして最後にこういうチャレンジに応えるために何を大事ににしなければならないでしょうか。
またいくつかのポイントを簡単にあげます。

1、信仰を深めることは第一です。
教皇様が強調なさっている「信仰の喜び」を深く感じ取ることです。
そのために適切な養成のプログラムを企画し実現しなければなりません。
そのために御言葉を黙想し、分かち合うことと、生活とつながっている典礼はとても大事です。

2、教会として「出向いて行く」姿勢を中心に置くように努力する。
そのために、対話を大事にし、人々の抱えている課題に目と心を向ける必要があります。
こういうところから私達の宣教企画を振り返ってみればいいと思います。

3、適切な形で社会の外れに置かれている人々との関わりをもつようにする。
教会の信用性に大きな影響があります。
出来るところからやればいいです。
4、他のキリスト教の教会とのつながり、また他宗教との対話を心がけて、お互いの理解と協力を深めるように努める。
また、信仰とつながらなくても、人権、平和、正義等を実現させていくために活動しているグループとの協力も大切にしなければなりません。

5、教会での共同体としての意識と雰囲気を培うように努めます。
特に孤独感を持っている人々の多い現代社会において。

6、青年との関わりを創造的に考えて青年達に教会の中で場を提供します。
また青年達との関わりの場である教育事業は現代教会にとって大事です。

言うまでもなく、まだたくさんのポイントがありますが、私が述べたこの六つはただ皆さんにこういう識別に取り組むように呼びかけたかったからです。
身近なところから始めたらいいです。
しかし聖霊の働きに信頼を置きながら、前進しなければならないと思います。