同伴して下さった神父様、共に歩んで下さった仲間達との感謝の旅でありました。祈りを生活の現場に、生活を祈りにかえてくれた体験の日々を振り返ってみます。
1週目
幼い頃に母が歌ってくれた歌を歌いながらイザヤ書43章を黙想しました。♪焼野のキギス 夜の鶴・・親を思わぬ子はあれど 子を思わぬ親はない・・♪神様の愛が親心の中で燃え上がり、私の生涯の始めを包んで下さった神への感謝の旅が始まりました。
2週目
私の全生涯(受洗の前から受洗の後まで)の隅々まで、その歩みの中で影響を与えて下さった主を黙想しました。
3週目
生涯において傷ついた思い出を辿ることがテーマでした。先の第二次世界大戦で父の弟が戦死したとの知らせで、その母である私の祖母が幼い私(5歳ぐらいだったと思います)を抱きしめて、私の頭にその涙がポロポロと零れ落ちた思い出を黙想しました。後年、私が洗礼を頂く大きな決心の源になった思い出に悲しみと感謝の黙想の旅でした。
4週目
天地創造の業など、その神の業の中で神が私に何を求めておられるのか、自分が造られた目的を黙想せよとのテーマでした。格言の書8章を黙想しました。私の造られた目的がぴったりと述べられていました。神様が創造の業を成しておられる時、私はそばにいました。好奇心と喜びに包まれて・・今でも私は自然の中で神様の芸術作品に包まれて暮らす山歩きを日々の楽しみにしています。私の造られた目的に感謝しながら。
5週目
テーマは、創造された私の役割は何ですか。詩編 139を黙想しました。神様の喜びとなることを喜んで暮らすことが役割かな?
6週目
私の原理(人生において私が運ばれた方向性)と基礎(今、神様が働いておられる私の土台)とは何か。この週に私が祈った祈り。「私が母の胎内に形造られたのは、神の喜びとなるためです。その深い愛とみ摂理によってイエス様に導かれ、今はそのみ手の中で喜んで暮らしています。宝物として家族を頂き、空、森、雲、水の流れ、神の創造の存在を知らせてくれる自然の中で暮らす喜びを感謝します」
7週目
テーマは個人的な罪を黙想する。ロザリオを繰りながらゲッセマネのイエス様を黙想しました。あの時、ゲッセマネでイエス様はご自分の十字架への苦しみのために泣かれたのでしょうか?私にはそうとは思えません。その夜はご聖体の秘跡を定められた最後の晩餐でした。その命のパンをミサの中で毎日「食べなさい」と差し出しておられるのに、食べに来てくれない悲しみの苦しみだと私には思えました。
8週目
テーマは自分の人生の歩みの道程で、意思の不自由さや心の恐れがどのように現れているか。2コリント12章と格言の書1章を黙想しました。弱っている時こそ、イエス様の内にあって強い。弱さを誇れ!
9週目
テーマは許されている罪人としての自分を無条件に受け入れて下さる神様の愛を黙想。ルカ15章11~32節を黙想し、放蕩息子(私は娘)をまだ遠く離れているのに待ちわびる父の姿と見つめる愛の目を黙想しました。
10週目
祈りは天上のものでも別世界のものでもありません。手の届かない高貴なものでもありません。祈りは私が仲良しの友と笑いながら語り合うようにイエス様とマリア様と守護の天使となごやかに歌いながら語り合いの時を持つことです。10週間の旅の実りに感謝しながら、今日も明日も祈りの旅を続けます。
