「死者の月」の黙想について  主任司祭 ハイメ・シスネロス

ハイメ神父

「死者の日」は11月2日ですが、今月中に死者のために祈ることは、教会の伝統として最も古くからのキリスト教的な習慣に基づいています。人は死後においても人生の旅を共に過ごしてきた人々との絆が切れてしまうのではありません。
前日の1日は、諸聖人の祭日です。聖人たちは神の親しみに招かれて、もう既にその賜物を豊かに受けて新しい姿になりましたので、私たちはその聖人たちのためにお祝いをします。そして次の日に教会は、清めの完成を待ち望んでいる死者のために、一日も早く天の扉が開かれるようにと祈りの支えを送ります。
この記念日に因んで、司祭たちに与えられている特別の許可があり、それは一日にミサを3回ささげることが出来ることです。同じく信徒は、部分免償を受け死者のために適応する恵みが授けられるのです。 “「死者の月」の黙想について  主任司祭 ハイメ・シスネロス” の続きを読む

聖アントニオ・マリア・クラレット  フラデラ神父

10月24日

この日は聖クラレットの記念日です。皆さんご存知でしょう。水曜日ですが、10時にミサがありますよ。どうぞ与かって下さい。
私はクラレットの霊性に魅かれてクラレチアン会に入り、神父になって63年、宣教師として日本へ来ることになって49年になります。早いものですね、年を取りましたがまだまだ頑張りますよ、よろしく。
さて、クラレットの事を少しお話してみましょう。

クラレットの宣教
クラレットはお金の良い使い方について相談されるといつもきまって答えました。『カトリック出版を援助してください。良い本が非常に不足しています。1冊のよい本は広大な価値があります。』彼に差し出されたお金はすべてカトリック出版物をひろめるためにささげました。そしてこの目的を達成するために宗教出版社を創立しました。創立してからさいしょの9年間で1千万冊の本やパンフレットを出版しました。 “聖アントニオ・マリア・クラレット  フラデラ神父” の続きを読む

すすんであかりをつける  長崎壮神父

8月15日にカトリック教会が祝う聖母の被昇天の祭日はおりしも第二次大戦の終戦記念日と重なっています。

そしてこの日が近づくと毎年、私の頭にはひとつの思い出がよみがえります。
昭和ひと桁生まれで、青春期に勤労動員に駆りだされ、空襲を受けた経験をもつ亡父は毎年この日になると学徒兵の日常を描いた阿川弘之著の『雲の墓標』という小説を読み、家族そろって昼食にすいとんを食べるのがお決まりでした。

終戦記念日の父の心中を察するに、きっと多くの可能性や未来を持ちながらも命の花を咲かすことなく戦争の犠牲となった若者への哀悼の心を父なりに表現したかったのではないかと想像していますが、それを引き継ぐように今でもこの日がくると、ふるさとの家の仏壇の閼伽棚(あかだな)にはすいとんとともにこの小説を供えてつつましく過ごすのがならわしとなっています。

戦争体験のない私にとって物心つく頃から、両親をはじめ辛い戦争体験を持つ平和の大切さの語りべが身の回りにいたことは幸いでしたが、司祭となって平和旬間行事に毎年向き合うことになると、キリスト者にとっての平和についてあらためて考えさせられます。 “すすんであかりをつける  長崎壮神父” の続きを読む

平和のために働く人は幸い 主任司祭 ハイメ・シスネロス

ハイメ神父

8月に行われる平和旬間に因んで、「平和」について考え、何か具体的な取り組みが出来れば幸いと思います。
聖書を見ますと「平和」が聖書全体にわたって大切にされている事が分かります。その例を挙げてみましょう。 “平和のために働く人は幸い 主任司祭 ハイメ・シスネロス” の続きを読む

おかんどうしてる?  長崎壮神父

同じ国の中でも地方それぞれに特別な言葉があります。
関東で生まれ育ち、司祭叙階後にはじめて大阪で暮らし始めることになった私には、この地で会える古くからの友人はごく僅かで、普段の交友関係といえばもっぱら教会の中のお付き合いに限られます。
そうしたお付き合いの中で最近は大阪ことばを聞いてその響きや意味の豊かさを楽しむ余裕も出てきたようです。
そのひとつ、三十~四十代の男性信者さんと話をしているとしばしば新鮮に響く言葉があります。 “おかんどうしてる?  長崎壮神父” の続きを読む

教会での聖霊の働きについて ―聖イレネオ司教の教え―  フラデラ神父

フラデラ神父

5月20日に聖霊降臨の主日を迎え、聖霊に満たされた教会の誕生を祝いました。
復活されたキリストは、弟子たちに聖霊を送ることを約束され、五旬節の日に聖霊を受けた弟子たちは、聖霊による洗礼により、人々を神の子へと生まれ変わらせる権能を授けられました。教会はその権能を受け継いで来ました。

枚方教会ではこの時期に堅信式に向けての準備が始まると聞きました。私たちにとって堅信の秘跡は聖霊降臨のようなものです。そこで古代教会の教父聖イレネオの聖霊の働きについての教話を聞いてみたいと思います。 “教会での聖霊の働きについて ―聖イレネオ司教の教え―  フラデラ神父” の続きを読む

五月の思い出、五月の典礼 ハイメ・シスネロス神父

ハイメ神父

小さい頃のメキシコでの5月の聖母マリアにささげる祈りの思い出をお話ししましょう。

故郷の教会では、5月中、毎日聖堂で行われるロザリオの祈りと聖母にささげる花行列に大勢の子どもたちが集まっていました。ロザリオの黙想を唱える時にリーダーたちが用意してくれたお花を一つずつもらって行列に加わり、歌いながらマリア様の御像の前まで進み、花を捧げて席に戻ります。私は1回も休まずに熱心に参加しました。終わると、いつも果物や小さいパンをもらって帰っていたのが楽しい思い出として私の心の中に残っています。 “五月の思い出、五月の典礼 ハイメ・シスネロス神父” の続きを読む

人がいちばん美しく見えるとき  長崎壮神父

枚方教会に赴任以来、毎年一月半ばになると短大で看護師の国家試験の合格を祈る《みことばの祭儀》を司式することが私の年中行事になっています。
毎年この式には看護士の国家試験を一週間後に控えた五十人ほどの学生が集まりますが、はじめは皆が不安の入り混じった深刻な表情をしています。 “人がいちばん美しく見えるとき  長崎壮神父” の続きを読む

十字架のキリスト像 (主任司祭ハイメ・シスネロス)河北朝祷会より(2018.3.8 第208回)

ハイメ神父

朗読してもらった聖書の箇所には、イエス様とニコデモのストーリがえがかれていて、皆様に親しみのある出会いです。イエスが述べた言葉を改めて聞きます。『はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない』(3:3)。『だれでも水と霊によって生まれなければ』と言い加えました。(3:5)。 “十字架のキリスト像 (主任司祭ハイメ・シスネロス)河北朝祷会より(2018.3.8 第208回)” の続きを読む

隠遁者の知恵にふれて 主任司祭 ハイメ・シスネロス

ハイメ神父

初代教会の「信仰に生きる」 具体的な形を示した聖書の言葉があります。『信者たちは皆一つになって、すべての物を共有し、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心を持って一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。』(使徒言行録2:44ー47)。 “隠遁者の知恵にふれて 主任司祭 ハイメ・シスネロス” の続きを読む