出会い テレジア I Y

私は4月4日の復活徹夜祭のミサで、皆様のお祈りをいただき、洗礼を受けました。

昨年の6月よりキリスト教入門講座にて、竹延神父様より教えをいただいておりますが、知らないこと、わからないことも多く、まだまだ未熟な私ですが、洗礼を授けてくださった神様、神父様、代母様、そして皆様に心より感謝しております。

今から30数年前の娘の聖母女学院幼稚園の入園が、私にとっての初めてのキリスト教との出会いとなりました。

もちろん園長先生はシスターで、神父様の聖書についての勉強会や聖歌の練習、お祈りのことば、宗教的な行事など、すべてが未知の世界であり、それに触れることでの驚きと好奇心、何より心地よさを感じていた日々でした。

そして、いつか私も・・・と淡い気持ちが芽生え始めていました。

その後も娘は、大阪聖母学院小学校、中学校、高等学校(今は香里ヌヴェール学院)に通い、下の娘も同じようにお世話になりました。

私自身も学校内でボランティアグループ「桜樹会」に入会し、今も関わり様々な活動をしています。

この活動の中で、学校の歴史に改めてふれることとなり、フランスのヌヴェール愛徳修道会の7人のシスター方が、はるばる海を渡って来てくださったことから始まり、2023年には100周年の記念日を迎えました。

見知らぬ国へ、神様を信じ、ご自分を信じ、使命感を持って来られたその思いに心を馳せた時、信仰とは、神様とは、と考えざるを得ません。 

娘達同様に、子ども達、先生方、保護者の方々、様々な多くの皆様との交流の中で、教えられ、また多くを学び、今を生かされていることに幸せを感じています。

私のふるさと ペルー・パラモンガ

Soy Y, mamá de N. Vengo de Perú, hija de un japonés con peruana, soy de un pueblo donde crece la caña de azúcar y el mar al lado. Crecí como todo niño muy feliz hasta que tuve que emigrar. Llegué a Atami a trabajar en un hotel, luego por cambio de trabajo llegué a Osaka, Hirakata y ya son 28 años que estoy en esta ciudad.
Soy de Perú, de un pueblo a 200 kilómetros al norte de la capital (Lima) que se llama Paramonga, es el primer distrito agroindustrial y turístico del Peru,
vivimos de la caña de azúcar y sus derivados como azúcar, papel en todas sus varieda
-des como alcohol, ron, gin, melaza. “私のふるさと ペルー・パラモンガ” の続きを読む

わたしのふるさと アルゼンチン S・N・N 

前回はパラグアイについて書きました。今回はアルゼンチンについてお話しします。

アルゼンチンは南北に4000キロ、面積は日本の約7・5倍、ブエノス・アイレス州の中に、日本がほぼ入ります。人口は、4600万人で、牛の数の方が多いのです。

北の方には、イグアスの滝、南は南極に近く、「パタゴニア」と呼ばれる大氷河がある土地があります。

文化面では、ご存じ「タンゴ」の国ですし、サッカーでは、マラドーナやメッシというヒーローが誕生しました。

何より、フランシスコ前教皇の国と言った方がいいでしょうね。フランシスコ前教皇もサッカーが大好きでした。

また、「母をたずねて三千里」のマルコ少年がイタリアから母親を探しに渡ったのも、アルゼンチンです。この話でおわかりの通り、イタリア系移民が多いため、アルゼンチンのスペイン語は、イタリア語のように聞こえます。

日系人は、7割が沖縄系ですが、親世代は沖縄語を話していた上、近くに日本人学校もありませんから、パラグアイと違い、日本語が話せる日系人は、多くありません。しかし、最近は、カラオケ等で日本 の歌が流行り、日本語が全く話せない日系人の青年、子どもが歌を上手くなりたい一心で日本語を学んでいます。非日系のアルゼンチン人も歌謡コンクールに出場し、上位に入賞したり、また日本のアニメも大人気で日本語を学んでいるアルゼンチン人もいます。 “わたしのふるさと アルゼンチン S・N・N ” の続きを読む

アッシジ、ローマ巡礼 クリストファ Ⅰ・T

2025年10月4日から11日まで『「希望の巡礼者」司教団公式巡礼Bコース アッシジ・ローマ8日間』というツアーに参加しました。

前田万葉枢機卿様が団長で、全国の教会から34人が巡礼しました。

聖フランシスコが過ごしたアッシジに滞在し、ローマの聖年の間だけ開かれる特別な門がある4つの大聖堂を訪れ、教皇様に謁見し、東京大司教区の菊池功枢機卿様の着座式に参加するなど、25年に1度の特別な聖年の年に、このような素晴らしいお恵みを頂いたことに感謝いたします。

また、大阪高松教区報2026年1月号5頁もぜひご覧ください。

なお、レオ14世教皇様は2026年1月10日から1年間を聖フランシスコ没後800年を記念する特別聖年として公布しました。
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10週間の祈りの旅 に招かれて テレジア K・M

同伴して下さった神父様、共に歩んで下さった仲間達との感謝の旅でありました。祈りを生活の現場に、生活を祈りにかえてくれた体験の日々を振り返ってみます。

1週目 
幼い頃に母が歌ってくれた歌を歌いながらイザヤ書43章を黙想しました。♪焼野のキギス 夜の鶴・・親を思わぬ子はあれど 子を思わぬ親はない・・♪神様の愛が親心の中で燃え上がり、私の生涯の始めを包んで下さった神への感謝の旅が始まりました。

2週目
私の全生涯(受洗の前から受洗の後まで)の隅々まで、その歩みの中で影響を与えて下さった主を黙想しました。

3週目
生涯において傷ついた思い出を辿ることがテーマでした。先の第二次世界大戦で父の弟が戦死したとの知らせで、その母である私の祖母が幼い私(5歳ぐらいだったと思います)を抱きしめて、私の頭にその涙がポロポロと零れ落ちた思い出を黙想しました。後年、私が洗礼を頂く大きな決心の源になった思い出に悲しみと感謝の黙想の旅でした。
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2025年  平和旬間行事

今、世界で人を押しつぶす言葉が堂々と表に出るようになり、私達の国も百年前、戦
前に似てきたような不安を感じます。

こんな時こそいのちのことばが必要です。

ここで立ち止まって考えようということで、平和旬間行事として、8月10日(日)、集会の家で30数人の方々が、絵本「戦争のつくり方」の朗読と分かち合いの集いに参加されました。

まとめ・発表はしない気楽な話し合いの中で、自分の体験、生活と社会の中での思い、国家というあり方等の話がありました。

また、普段は自分の思いを語る機会が少ないのでと、喜ぶ人達もいました。戦争を語ることは比較的容易ですが、平和は一人ひとりイメージが異なるので、話しにくい面もあります。

しかし、知識として片づけるのではなく、これをきっかけにして、気持ち、思い、疑問を温め、また家族や友人、周囲の人と分かち合い、深めていただけたらと思います。

(社会活動委員会 O)

洗礼をうけて ミカエル S・Y

私は、6月1日の9時ミサにて洗礼を受けました。復活徹夜祭の日に体調をくずしてしまい、この日に洗礼式をしていただくこととなりました。

母は元々カトリック信者です。そして私は50歳。なぜ今まで洗礼を受けなかったのか、今年なぜ洗礼を受けたのか。

私が生まれたときにすぐ母は洗礼を受けさせようとしました。しかし、父と祖母は仏教系の人で、まだ意志のない子供に洗礼を受けさせるのはよくないと反対しました。

母は私の洗礼をあきらめたのです。
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見えない神様を信じるということ ガラシャ J・A

  

私は、この春、ついに洗礼を受けました。

ずっと神様から遠く離れて生きてきた私が、なぜ今、信仰の道に入ったのか。

その経緯を少しお話しさせていただきたいと思います。

私は「うみのほし幼稚園」で幼少期を過ごし、その後も小学校から高校までカトリック系の学校に通いました。

毎日の祈りや宗教の授業、ミサといった日常の中で育ちながらも、正直に言えば、私はずっと神様を信じていませんでした。

そんな私が大学に入って間もない頃、ふと手に取った小説がありました。

三浦綾子さんの『氷点』です。

当時の私は「面白い小説だな」と思いながら読みましたが、そこに込められた深いテーマや作者の信仰心にはまったく気づけていませんでした。

物語の展開に引き込まれ、登場人物たちの感情に胸を打たれながらも、それ以上に踏み込むことはありませんでした。

それから10年が経ちました。

あるとき「好きな本は何ですか」と尋ねられ、私は『氷点』と答えました。

「読んでみたい」と言ってくれた友人に本を貸す前に、「もう一度読んでみよう」と思い、再びその本を開いたのです。

ちょうど30歳を迎えた頃でした。

10年ぶりに読む『氷点』は、まったく違う印象を私に与えました。

登場人物たちの苦しみや葛藤、赦しといった感情が、まるで自分自身の人生に重なるように感じられました。

そして、何より心に響いたのは、三浦綾子さんの言葉の背後にある「人間とは何か」「赦しとは何か」という深い問いかけでした。
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現代における 若い世代の教会での 共同体作り
フランシスコ М・М

青年に関わろうと再度、動き始めたきっかけ、思いについて私見が多く含まれますが、書いてみたいと思います。

私は、53年間枚方教会在籍。侍者会、教会学校など、青少年に関わる活動に携わっていました。

30代後半から体調不良になったため、活動を休止しました。

幾度と教会活動へのお誘いもありましたが、体調が芳しくないため断っていました。

昨年の初夏、レジデンスにて青年の話をしている折り、耳元で「青年に関わりなさい!!」と声が聞こえた気がしました。

この声を裏切ってはいけないと本能的に感じお手伝いしようと思ったのがきっかけです。
   
久しぶりにミサを受け『子供も青少年も少ない。中学生以上や求道者の方、堅信を受けた方等、共同体として気軽に関わる受け皿がないな』と感じました。

昔と今の時代背景の違い

約40年前教会には若者、若い夫婦、子供も多く、信者の多くの子供がうみのほし幼稚園に通い、幼稚園と教会が一体となって活動していました。

当時は高度経済成長期、経済的に裕福ではない家庭もありましたが、毎年一定の定期昇給があり、少しずつゆとりができたと思います。

一般的に父親が働き、母親は専業主婦、日曜日は家族全員が休み、子供達は外で遊び、信者の子供達は日曜日を教会で過ごしていました。

現在はどうでしょう?
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フランシスコ М・М” の
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