教会との出会い
幼きイエスのテレジア S・S

私が初めて教会を訪れたのは小学校2年生のクリスマスのことでした。

その前年に妹が亡くなり、母は心を病んで自分を責めて泣いてばかりいました。

時々、幼い弟だけを連れて一日家を空ける日が何度もありました。

死んだ人が乗り移るという人の所へ通っていたそうです。

そんな日は、私は一人で、ただ母の帰りを待っていました。

あのクリスマスの日も私は一人ぼっちでした。

子供達がサンタさんの話をする輪から離れてポツンとしていると、近所のおばあさんが声をかけてくださいました。

私が悪い子だから、昨年からサンタさんが来ないと言うと、教会にサンタさんが来るから会いにいこうと誘ってくださいました。

母が許可したと嘘をついて、私は初めて教会という所に行きました。

温かい灯が、小さな弱い私を優しく包み込んでくれました。

今でも目を閉じると鮮やかに蘇るその灯は、私の信仰の原点であったように思います。

子供達の劇を見て、涙があふれでてきました。

あの赤ん坊は皆にあんなに愛されているのに、自分は誰からも必要とされていないように思えたのです。

おばあさんが私の頭をなでて「さとちゃんはえらいね。いっぱい我慢しているものね」と言ってくださった瞬間、私は「嘘をついて、ごめんなさい」「おかあさん、おかあさん」と声をあげて泣いてしまいました。

おばあさんに連れられて帰宅すると、私を心配して近所中大騒ぎになっていました。

母が走りよってきて、私を痛いほど強く抱きしめてくれました。

サンタさんに会う前に教会を急いで出たし、やっぱりプレゼントは届かなかったけれど、私が欲しかった本当に大切なただ一つのものは、最初からいつもそばにあったのです。
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幼きイエスのテレジア S・S” の
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レジオ・マリエの紹介

★レジオ・マリエの由来

レジオ・マリエは今から約90年前、アイルランドのダブリンで始められました。

昼間に働いていた若者達が、聖母のご像を囲んでロザリオを繰り、この世で神から愛されるにはどうすればいいかと話し合った、そんな単純な集まりから始まったのです。

★レジオ・マリエとは

レジオとは軍団という意味です。聖母マリアの軍団です。

現代世界憲章の第1部第1章には、人間の生活が善と悪、光と闇の劇的な戦いの様相を呈しており、その解放には主だけが人間を内部から解放されることを明記しております。

この主の霊的な戦いに第一に強く親しく参与されているのが聖母マリアです。そしてその聖母の総指揮のもとに召されたレジオ・マリエ会員は、霊的な戦いのために召された兵士といわれています。

★レジオ会員の活動

レジオは第一に会員の霊性の向上を目的としていますが、教会公認の信徒使徒職の共同体ですから、主任司祭と指導司祭の意向に従って教会のいろいろな活動に奉仕します。

枚方教会には二つのレジオがあります。

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平和旬間の取り組み 社会活動委員会

今年の平和旬間行事は、コロナの関係で中止になりましたが、ペシャワール会の活動をDVD視聴を通じて取り上げる予定でした。

その目的を知っていただきたいと思います。

ペシャワール会中村哲さんのアフガニスタンでの仕事は平和活動を目的にしたものではなく、それを平和旬間で取り上げることに違和感を持たれる方もあったかもしれません。

ペシャワール会の活動は、大げさなスローガンを掲げるのではなく、人としての素朴な思いから始まりました。

人々が普通に生きられるように衛生状態の改善から取り掛かるという医師の立場からなされたのです。

先ず水の確保、農地を回復させれば生活が出来、人々のコミュニティーが復活します。

戦争に行きたい人などいません。

皆、喜んで農民になります。

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各委員会活動の紹介と会員募集
-教会は私たちの家、皆さんの援助を必要としています-

枚方教会はこれまで多くの方の善意の協力のもと歩んできました。

聖パウロは、『コリントの教会への第一の手紙』十二章の中で教会を手や足をはじめ、様々な部分からなるひとつの体にたとえています。

枚方教会も以下に紹介するように様々な委員会や活動があり、それらによって枚方教会というひとつの体をつくっているのです。

しかしながら、近年では社会同様に枚方教会でも少子・高齢化が進んでいます。

今まで教会活動を支えてくださった方々には心より感謝の気持ちをお伝えしたいと思いますが、ここに枚方教会の明るい将来のために「自分にも何かできることは…」と思ってくださる若い世代の方(自分はまだ若いとお思いの方)の御協力をお願いする次第です。

特にここ十年以内に洗礼を受けられた方や他教会から転入して来られた方で、まだ委員会に入られていない方は、おためしとしていずれかの委員会や活動の扉を叩いて、自分に合った委員会や活動を探してみることをお勧めいたします。

信仰生活は祈りと活動の両輪によって一層豊かで実りあるものとなります。

(主任司祭  長崎壮)

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神様との出会い
ヨセフS・S・M
マリアガブリエラN・K

私はイラン出身でS・S・Mと申します。

現在57歳で、家族と共に日々生活を送っています。

私はイスラム教の家に生まれ、学校でもイスラム教の授業があって勉強しました。

しかし幼い頃から近所のクリスチャンの人と付き合いがあって、教会やクリスマスパーティーなどに連れて行ってもらう事がありました。

その頃から、クリスチャンとしての興味を持っていました。

そして今から26年前、アメリカ人の友達のお蔭でキリスト教との出会いがありました。

その時その友達は私の誕生日のプレゼントとして、「GOD  CALLING」という聖書の言葉を集めた本を贈ってくれました。

この本をいつも読んで心の中に明るい光を感じ、だんだん言葉を理解しながら信じて、自分が一人のクリスチャンとして勉強を始めました。

しかし中々、洗礼の機会がありませんでした。 “神様との出会い
ヨセフS・S・M
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『ささやかな日々の中で出会った目には見えない大切なモノ』
マリアイレーヌ F・Y

復活祭が終わった夜の御聖堂に静けさが戻る中で受洗者の記念撮影が行われました。

私は祭儀の余韻を感じながら緊張の解けない気持ちのまま撮影に臨み、その後、帰路につきました。

4月とは思えない暖かな夜風に吹かれながら、神様への感謝と共に、この日のためにご準備下さった方々、祭儀を執り行って下さった神父様はじめ多くの方々への感謝の想いが込み上げました。

皆様、ほんとうにありがとうございました。

3月末から4月にかけてコロナウィルスの感染拡大が目を疑うような数字となって現れ、私は言いようのない不安を覚え、日々の行動にも「これでいいのか?」と自問を繰り返していました。

連日、絶えることなく報じられるコロナ関連のニュースは、感染者数だけではなく世界の惨状が戦場のように映し出されて心が痛みました。

大切な人の感染、更には突然の別れ・・・。

世界で毎日1万人を超える人々が亡くなっている現実を知れば知るほど、「私がこの世界に生きること」「出会う人たち」「出来事」、その『一つ一つが奇跡』であると感じるようになりました。 “『ささやかな日々の中で出会った目には見えない大切なモノ』
マリアイレーヌ F・Y” の
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「右近と歩む会」
右近の霊性に学び列聖運動を推進する


2月6日(土)玉造のカテドラルで一つの催しが行われる筈だった。

コロナで中止になったが、「ユスト高山右近列聖祈願のつどい」だ。

主催は大阪教区で、教区列聖推進委員会(委員長春名神父)と「右近と歩む会」が協力、前田大司教司式の列聖祈願ミサ、塩見弘子さんの講演その他充実のプログラブが予定されていた。

「右近クラブ」の活躍右近列福運動の頃は「右近クラブ」という信徒の集まりがあって活発な活動を行っていた。

2015年2月3日に神戸文化ホールで行われた「神のしもべユスト高山右近帰天400年記念ミサ」の準備運営には大きく携わり、また2017年2月7日の列福式においても準備運営に大きな役割を果たした。

右近の列聖推進列福式が済むと熱意が急速にしぼみ、「右近クラブ」の会員数も急減。列福に続いて列聖が目標にあるのだが、担当の大阪教区としては教区組織として列聖推進委員会を持ったものの、意識の向上はなかなか進まなかった。 “「右近と歩む会」
右近の霊性に学び列聖運動を推進する” の
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教会の花壇

キリストの復活を祝うように集会の家横の花壇には花が咲き誇っています。

かつてジョルディ神父様は、この花壇の前を通り、集会の家の周囲をよく散歩されておられました。

あなたもいかが。

花への水やりや花壇の手入れにいつもご尽力されている営繕委員の方に感謝

洗礼の恵みに感謝 アグネス T・Y

私の洗礼名は、主人の10人兄弟の長姉でシスターになられたシスターアグネスと同じ霊名をいただきました。

シスターアグネスは、現在は長崎の教会で日々働かれていますが、一昨年まではドイツの教会で働かれていました。

そんな義姉は私にとってあこがれの存在でしたので、洗礼を受けるに当たり同じ霊名にさせていただいたのでした。

洗礼を受けるに際し、代母には主人の従姉になる大東教会のM・S様になっていただき、とても感謝しています。

コロナで大変な時期でしたが、昨年の7月12日に洗礼へと導かれたことを心より感謝いたします。

『神は、すべての人が救われて、真理を認識するようになることを望んでおられます。』
(テモテ一 2章4節) “洗礼の恵みに感謝 アグネス T・Y” の続きを読む

神との出会い 人との出会い
洗礼の恵みに感謝して M・Y

心を尽くして主に信頼せよ、
自分の知識にたよってはならない。
すべての道で主を認めよ、
そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

箴言3章5―6節 
『聖書 口語訳』

私は母がプロテスタントのクリスチャンであったため、キリスト教が常に生活の中にある環境で育ちました。

そしてそこには常にどんな困難も、生活苦もすべてを受け入れて祈る母の姿がありました。

先の聖書の言葉は母の聖書の表紙裏に書かれていた言葉です。

幼い頃から罪のないキリストが十字架にかかって死んでくださったのは、この私の罪のためであることは聞かされていました。

この頃の私は神様を素直に受け入れ、いつも神様がそばにいてくださることが自然なことでした。

中学を卒業すると同時に名古屋にある美容院にお世話になり、美容師の勉強を始めましたが、それは修行の一言でした。

厳しい修行の中で、感謝することや神様のみことばに耳を傾けることをせず、神様の存在を忘れて、自分中心な生活を送るようになっていきました。

そのような時も母は家族の救いのために、また、遠く離れた私のためにも祈り続けてくれました。

仕事が忙しく、とても長く教会を離れていました。

それでも誰かに宗教はと問われると何の抵抗もなくキリスト教と答えていました。

これまでの歩みの中で、困難な出来事がたくさんありました。

大きな病も経験しました。

今振り返ると、神様によって試練を乗り越えるための知恵や力が与えられ、守られ、神様のご計画の内に導かれてきたということが80歳を前にしてようやくわかり、すべての不安から解放されました。

私はこれまで神様からどれだけ多くの赦しと恵みをいただいてきたことでしょうか。感謝につきません。

入門講座の学びを通して、洗礼へと導かれたことを感謝いたします。

代母を引き受けてくださいましたNさんは、かつて私の美容室のお客様でした。

クリスマスにはカードを送ってくださり、ミサやバザーへのお誘いなどその時々にカトリック枚方教会へと導いてくださいました。

Nさんに出会わせてくださったことも洗礼に至る神様のお計らいであったと、ただただ感謝で一杯です。

神様は私が自らの力で生きようとするのではなく、神様の愛に応える生き方を示してくださいました。

神様はいつでもどこにいても私と共にいてくださり、どのような困難に出会っても歩むべき道を備えてくださいます。

これからも神様に信頼し、祈りつつ感謝して歩んでいきたいと思います。