わたしのふるさと ベトナム・ホーチンミン T・S

Tôi tên là Taira sang, đến từ thành phố hồ chí minh Việt Nam. Sau khi tốt nghiệp cấp 3, tôi đến Nhật với tư cách là du học sinh, hiện tại đã gần 19 năm tôi sống ở Nhật. Với tôi, Nhật không khác gì là quê hương thứ 2, nơi tôi trải qua những ngày tháng của tuổi trẻ, học hành, vui chơi cùng với các mối quan hệ giữa người với người rất tuyệt vời. Nơi tôi đặt chân đến Nhật là thành phố Nagasaki yên bình và xinh đẹp. Con người Nagasaki hiền lành và mến khách! Sau khi tốt nghiệp đại học, tôi chuyển lên osaka để làm việc và sống cho đến tận bây giờ.Hiện tại, tôi đang làm cho 1 tập đoàn thương mại, có kết nối rất nhiều với các nước Đông Nam Á, trong đó có việt nam.Nói về thành phố hồ chí minh, đây là 1 trong những thành phố lớn nhất và phát triển nhất của Việt Nam. 1 thành phố vô cùng năng động, và náo nhiệt vào buổi tối. Hiện tại, số lượng người Nhật bản ở tphcm đạt đến 15000 người. Rất nhiều người Nhật chọn Tphcm là điểm du lịch thời gian gần đây vì vật giá rẻ, thân thiện và trị an tốt .Từ Nhật bay tới tphcm chỉ mất khoảng 5 giờ bay, không quá xa cho 1 chuyến du lịch. Vì thế, nếu có cơ hội ghé thăm Việt Nam, mọi người nhớ tới Tphcm nhé!

私の名前はT・Sです。ベトナムのホーチミン市から来ました。

高校を卒業した後、留学生として来日し、日本に住んでから現在でもうすぐ19年になります。
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神様のお導き マリア K・M

    

今年の復活祭で、私は洗礼を受け、枚方教会の一員となりました。

これまでの人生を振り返ると、神様はずっと私に呼びかけてくださっていたのだと感じます。

私に初めてお祈りを教えてくださったのは幼稚園の先生でした。

親の転勤に伴い広島市のキリスト教幼稚園に通ったことがきっかけです。

地域の子どものほとんどがそこの幼稚園に通っていてお祈りは当たり前のように日常にありました。

その後、公立小学校へ進学すると、当然ながらお祈りの時 間はありません。

しかし、私は誕生日の前日には必ず自己流のお祈りを続けていました。

「天にまします我らの父よ」この最初の言葉だけは忘れることはありませんでした。

広島市では平和教育が盛んに行われておりましたが、それらは今思えば、キリスト教の教えにも通じるものであったように思います。

成長するにつれて、美術、音楽、映画、文学、漫画など芸術へ強い関心を持ちましたが、モーツァルトから手塚治虫まで印象に残る作品にはキリスト教の影響や要素があるものが多かったです。

人より遅れて入学した大学では保育と教育を学びました。

そこで多くの教育者や福祉に関わる人達がキリスト教の精神から影響を受けていたことを知りました。

「どうしてここまで人に尽くせるのだろう」と驚くのと同時に自分自身のミッションについて考えるようになりました。 
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出会い テレジア I Y

私は4月4日の復活徹夜祭のミサで、皆様のお祈りをいただき、洗礼を受けました。

昨年の6月よりキリスト教入門講座にて、竹延神父様より教えをいただいておりますが、知らないこと、わからないことも多く、まだまだ未熟な私ですが、洗礼を授けてくださった神様、神父様、代母様、そして皆様に心より感謝しております。

今から30数年前の娘の聖母女学院幼稚園の入園が、私にとっての初めてのキリスト教との出会いとなりました。

もちろん園長先生はシスターで、神父様の聖書についての勉強会や聖歌の練習、お祈りのことば、宗教的な行事など、すべてが未知の世界であり、それに触れることでの驚きと好奇心、何より心地よさを感じていた日々でした。

そして、いつか私も・・・と淡い気持ちが芽生え始めていました。

その後も娘は、大阪聖母学院小学校、中学校、高等学校(今は香里ヌヴェール学院)に通い、下の娘も同じようにお世話になりました。

私自身も学校内でボランティアグループ「桜樹会」に入会し、今も関わり様々な活動をしています。

この活動の中で、学校の歴史に改めてふれることとなり、フランスのヌヴェール愛徳修道会の7人のシスター方が、はるばる海を渡って来てくださったことから始まり、2023年には100周年の記念日を迎えました。

見知らぬ国へ、神様を信じ、ご自分を信じ、使命感を持って来られたその思いに心を馳せた時、信仰とは、神様とは、と考えざるを得ません。 

娘達同様に、子ども達、先生方、保護者の方々、様々な多くの皆様との交流の中で、教えられ、また多くを学び、今を生かされていることに幸せを感じています。

私のふるさと ペルー・パラモンガ

Soy Y, mamá de N. Vengo de Perú, hija de un japonés con peruana, soy de un pueblo donde crece la caña de azúcar y el mar al lado. Crecí como todo niño muy feliz hasta que tuve que emigrar. Llegué a Atami a trabajar en un hotel, luego por cambio de trabajo llegué a Osaka, Hirakata y ya son 28 años que estoy en esta ciudad.
Soy de Perú, de un pueblo a 200 kilómetros al norte de la capital (Lima) que se llama Paramonga, es el primer distrito agroindustrial y turístico del Peru,
vivimos de la caña de azúcar y sus derivados como azúcar, papel en todas sus varieda
-des como alcohol, ron, gin, melaza. “私のふるさと ペルー・パラモンガ” の続きを読む

わたしのふるさと アルゼンチン S・N・N 

前回はパラグアイについて書きました。今回はアルゼンチンについてお話しします。

アルゼンチンは南北に4000キロ、面積は日本の約7・5倍、ブエノス・アイレス州の中に、日本がほぼ入ります。人口は、4600万人で、牛の数の方が多いのです。

北の方には、イグアスの滝、南は南極に近く、「パタゴニア」と呼ばれる大氷河がある土地があります。

文化面では、ご存じ「タンゴ」の国ですし、サッカーでは、マラドーナやメッシというヒーローが誕生しました。

何より、フランシスコ前教皇の国と言った方がいいでしょうね。フランシスコ前教皇もサッカーが大好きでした。

また、「母をたずねて三千里」のマルコ少年がイタリアから母親を探しに渡ったのも、アルゼンチンです。この話でおわかりの通り、イタリア系移民が多いため、アルゼンチンのスペイン語は、イタリア語のように聞こえます。

日系人は、7割が沖縄系ですが、親世代は沖縄語を話していた上、近くに日本人学校もありませんから、パラグアイと違い、日本語が話せる日系人は、多くありません。しかし、最近は、カラオケ等で日本 の歌が流行り、日本語が全く話せない日系人の青年、子どもが歌を上手くなりたい一心で日本語を学んでいます。非日系のアルゼンチン人も歌謡コンクールに出場し、上位に入賞したり、また日本のアニメも大人気で日本語を学んでいるアルゼンチン人もいます。 “わたしのふるさと アルゼンチン S・N・N ” の続きを読む

アッシジ、ローマ巡礼 クリストファ Ⅰ・T

2025年10月4日から11日まで『「希望の巡礼者」司教団公式巡礼Bコース アッシジ・ローマ8日間』というツアーに参加しました。

前田万葉枢機卿様が団長で、全国の教会から34人が巡礼しました。

聖フランシスコが過ごしたアッシジに滞在し、ローマの聖年の間だけ開かれる特別な門がある4つの大聖堂を訪れ、教皇様に謁見し、東京大司教区の菊池功枢機卿様の着座式に参加するなど、25年に1度の特別な聖年の年に、このような素晴らしいお恵みを頂いたことに感謝いたします。

また、大阪高松教区報2026年1月号5頁もぜひご覧ください。

なお、レオ14世教皇様は2026年1月10日から1年間を聖フランシスコ没後800年を記念する特別聖年として公布しました。
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10週間の祈りの旅 に招かれて テレジア K・M

同伴して下さった神父様、共に歩んで下さった仲間達との感謝の旅でありました。祈りを生活の現場に、生活を祈りにかえてくれた体験の日々を振り返ってみます。

1週目 
幼い頃に母が歌ってくれた歌を歌いながらイザヤ書43章を黙想しました。♪焼野のキギス 夜の鶴・・親を思わぬ子はあれど 子を思わぬ親はない・・♪神様の愛が親心の中で燃え上がり、私の生涯の始めを包んで下さった神への感謝の旅が始まりました。

2週目
私の全生涯(受洗の前から受洗の後まで)の隅々まで、その歩みの中で影響を与えて下さった主を黙想しました。

3週目
生涯において傷ついた思い出を辿ることがテーマでした。先の第二次世界大戦で父の弟が戦死したとの知らせで、その母である私の祖母が幼い私(5歳ぐらいだったと思います)を抱きしめて、私の頭にその涙がポロポロと零れ落ちた思い出を黙想しました。後年、私が洗礼を頂く大きな決心の源になった思い出に悲しみと感謝の黙想の旅でした。
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2025年  平和旬間行事

今、世界で人を押しつぶす言葉が堂々と表に出るようになり、私達の国も百年前、戦
前に似てきたような不安を感じます。

こんな時こそいのちのことばが必要です。

ここで立ち止まって考えようということで、平和旬間行事として、8月10日(日)、集会の家で30数人の方々が、絵本「戦争のつくり方」の朗読と分かち合いの集いに参加されました。

まとめ・発表はしない気楽な話し合いの中で、自分の体験、生活と社会の中での思い、国家というあり方等の話がありました。

また、普段は自分の思いを語る機会が少ないのでと、喜ぶ人達もいました。戦争を語ることは比較的容易ですが、平和は一人ひとりイメージが異なるので、話しにくい面もあります。

しかし、知識として片づけるのではなく、これをきっかけにして、気持ち、思い、疑問を温め、また家族や友人、周囲の人と分かち合い、深めていただけたらと思います。

(社会活動委員会 O)

洗礼をうけて ミカエル S・Y

私は、6月1日の9時ミサにて洗礼を受けました。復活徹夜祭の日に体調をくずしてしまい、この日に洗礼式をしていただくこととなりました。

母は元々カトリック信者です。そして私は50歳。なぜ今まで洗礼を受けなかったのか、今年なぜ洗礼を受けたのか。

私が生まれたときにすぐ母は洗礼を受けさせようとしました。しかし、父と祖母は仏教系の人で、まだ意志のない子供に洗礼を受けさせるのはよくないと反対しました。

母は私の洗礼をあきらめたのです。
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