2025年10月4日から11日まで『「希望の巡礼者」司教団公式巡礼Bコース アッシジ・ローマ8日間』というツアーに参加しました。
前田万葉枢機卿様が団長で、全国の教会から34人が巡礼しました。
聖フランシスコが過ごしたアッシジに滞在し、ローマの聖年の間だけ開かれる特別な門がある4つの大聖堂を訪れ、教皇様に謁見し、東京大司教区の菊池功枢機卿様の着座式に参加するなど、25年に1度の特別な聖年の年に、このような素晴らしいお恵みを頂いたことに感謝いたします。
また、大阪高松教区報2026年1月号5頁もぜひご覧ください。
なお、レオ14世教皇様は2026年1月10日から1年間を聖フランシスコ没後800年を記念する特別聖年として公布しました。
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10週間の祈りの旅 に招かれて テレジア K・M
同伴して下さった神父様、共に歩んで下さった仲間達との感謝の旅でありました。祈りを生活の現場に、生活を祈りにかえてくれた体験の日々を振り返ってみます。
1週目
幼い頃に母が歌ってくれた歌を歌いながらイザヤ書43章を黙想しました。♪焼野のキギス 夜の鶴・・親を思わぬ子はあれど 子を思わぬ親はない・・♪神様の愛が親心の中で燃え上がり、私の生涯の始めを包んで下さった神への感謝の旅が始まりました。
2週目
私の全生涯(受洗の前から受洗の後まで)の隅々まで、その歩みの中で影響を与えて下さった主を黙想しました。
3週目
生涯において傷ついた思い出を辿ることがテーマでした。先の第二次世界大戦で父の弟が戦死したとの知らせで、その母である私の祖母が幼い私(5歳ぐらいだったと思います)を抱きしめて、私の頭にその涙がポロポロと零れ落ちた思い出を黙想しました。後年、私が洗礼を頂く大きな決心の源になった思い出に悲しみと感謝の黙想の旅でした。
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2025年 平和旬間行事
今、世界で人を押しつぶす言葉が堂々と表に出るようになり、私達の国も百年前、戦
前に似てきたような不安を感じます。
こんな時こそいのちのことばが必要です。
ここで立ち止まって考えようということで、平和旬間行事として、8月10日(日)、集会の家で30数人の方々が、絵本「戦争のつくり方」の朗読と分かち合いの集いに参加されました。
まとめ・発表はしない気楽な話し合いの中で、自分の体験、生活と社会の中での思い、国家というあり方等の話がありました。
また、普段は自分の思いを語る機会が少ないのでと、喜ぶ人達もいました。戦争を語ることは比較的容易ですが、平和は一人ひとりイメージが異なるので、話しにくい面もあります。
しかし、知識として片づけるのではなく、これをきっかけにして、気持ち、思い、疑問を温め、また家族や友人、周囲の人と分かち合い、深めていただけたらと思います。
(社会活動委員会 O)
希望の巡礼者 四国5教会
6月13日 徳島県(T、K、S)
徳島教会
日本人初の殉教者となった聖パウロ三木の名を冠する教会。聖パウロ三木自身は摂津の生まれとされるが、父・三木半太夫は阿波出身であった。
洗礼をうけて ミカエル S・Y
私は、6月1日の9時ミサにて洗礼を受けました。復活徹夜祭の日に体調をくずしてしまい、この日に洗礼式をしていただくこととなりました。
母は元々カトリック信者です。そして私は50歳。なぜ今まで洗礼を受けなかったのか、今年なぜ洗礼を受けたのか。
私が生まれたときにすぐ母は洗礼を受けさせようとしました。しかし、父と祖母は仏教系の人で、まだ意志のない子供に洗礼を受けさせるのはよくないと反対しました。
母は私の洗礼をあきらめたのです。
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見えない神様を信じるということ ガラシャ J・A
私は、この春、ついに洗礼を受けました。
ずっと神様から遠く離れて生きてきた私が、なぜ今、信仰の道に入ったのか。
その経緯を少しお話しさせていただきたいと思います。
私は「うみのほし幼稚園」で幼少期を過ごし、その後も小学校から高校までカトリック系の学校に通いました。
毎日の祈りや宗教の授業、ミサといった日常の中で育ちながらも、正直に言えば、私はずっと神様を信じていませんでした。
そんな私が大学に入って間もない頃、ふと手に取った小説がありました。
三浦綾子さんの『氷点』です。
当時の私は「面白い小説だな」と思いながら読みましたが、そこに込められた深いテーマや作者の信仰心にはまったく気づけていませんでした。
物語の展開に引き込まれ、登場人物たちの感情に胸を打たれながらも、それ以上に踏み込むことはありませんでした。
それから10年が経ちました。
あるとき「好きな本は何ですか」と尋ねられ、私は『氷点』と答えました。
「読んでみたい」と言ってくれた友人に本を貸す前に、「もう一度読んでみよう」と思い、再びその本を開いたのです。
ちょうど30歳を迎えた頃でした。
10年ぶりに読む『氷点』は、まったく違う印象を私に与えました。
登場人物たちの苦しみや葛藤、赦しといった感情が、まるで自分自身の人生に重なるように感じられました。
そして、何より心に響いたのは、三浦綾子さんの言葉の背後にある「人間とは何か」「赦しとは何か」という深い問いかけでした。
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現代における 若い世代の教会での 共同体作り
フランシスコ М・М
青年に関わろうと再度、動き始めたきっかけ、思いについて私見が多く含まれますが、書いてみたいと思います。
私は、53年間枚方教会在籍。侍者会、教会学校など、青少年に関わる活動に携わっていました。
30代後半から体調不良になったため、活動を休止しました。
幾度と教会活動へのお誘いもありましたが、体調が芳しくないため断っていました。
昨年の初夏、レジデンスにて青年の話をしている折り、耳元で「青年に関わりなさい!!」と声が聞こえた気がしました。
この声を裏切ってはいけないと本能的に感じお手伝いしようと思ったのがきっかけです。
久しぶりにミサを受け『子供も青少年も少ない。中学生以上や求道者の方、堅信を受けた方等、共同体として気軽に関わる受け皿がないな』と感じました。
昔と今の時代背景の違い
約40年前教会には若者、若い夫婦、子供も多く、信者の多くの子供がうみのほし幼稚園に通い、幼稚園と教会が一体となって活動していました。
当時は高度経済成長期、経済的に裕福ではない家庭もありましたが、毎年一定の定期昇給があり、少しずつゆとりができたと思います。
一般的に父親が働き、母親は専業主婦、日曜日は家族全員が休み、子供達は外で遊び、信者の子供達は日曜日を教会で過ごしていました。
現在はどうでしょう?
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幼少期の思い出の神戸東灘
使徒ヨハネ S・S
だいぶ前にこのページを頼まれて断れず、ああでもないこうでもないと悩んでいたら、あらら、締切り過ぎちゃったじゃありませんか。
さて、これを書いている前の週に60歳の誕生日を迎えた私が生まれたのは、そんなに遠方ではなく神戸市東灘区です。
阪急電車の岡本駅と住吉川の間で、すぐ近くに甲南大学のある所です。
私の父は六甲中学・高校で学び、在学中に私の祖母と2歳上の伯父と受洗し、母親も結婚をきっかけに故郷の九州の飯塚で洗礼を受けたそうです。
私が産まれたのは、灘の神戸海星病院です。
昨年末の黙想会で講師の沼野さんから「あそこは今、警備会社の経営する病院」と伺ってびっくりしました。
その神戸海星病院で産まれてすぐに、当時住吉教会におられたベロウ神父様が来られて洗礼を授けられたそうです。
なので、信者歴60年と言いたいところですが、よくある中高生から教会へ足が向かわないパターンで、19年前に枚方にやって来てようやく、再び信仰を考えました。
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上五島巡礼の旅
クリストファ S・T
心の復興と信仰
ミケーラ M・H
私が洗礼を受けてカトリック信者になろうと思ったのは、2016年、中学3年生のときに起こったイタリア中部地震がきっかけだ。
そのときから続く被災者を支援したいという思いと、被災者とのかかわりが、私をカトリックへの洗礼に導いた。
私自身、東日本大震災と大阪北部地震を経験したが、大きな被害なくすぐに日常生活に戻れたのは、日本の防災が市民に浸透しているためだ。
イタリアの被害と進まない復興の様子を見て、私はイタリア語を学ぶことに決めた。
イタリアの被災者を中長期的に支援したいと思うようになったからだ。
復興には心理社会的側面の支援が欠かせない。
被災者が精神的困難をひとりで抱えることなく、苦しみや喜びを吐き出せるひとや場所が必要だ。
そのひとつが教会だ。
被害を受けた山間部の集落の復興が遅れているため、毎週日曜日に教会に行けないと語っていた友人がいる。
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