枝の主日(4月13日)
9時 雨のため、信徒会館から行列 11時 盛儀の入堂 司祭経年祝(4月16日)
大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。
枝の主日(4月13日)
9時 雨のため、信徒会館から行列 11時 盛儀の入堂 司祭経年祝(4月16日)
大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。

大阪府枚方市のカトリック教会
枝の主日(4月13日)
9時 雨のため、信徒会館から行列 11時 盛儀の入堂 司祭経年祝(4月16日)
大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。
枝の主日(4月13日)
9時 雨のため、信徒会館から行列 11時 盛儀の入堂 司祭経年祝(4月16日)
大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。
3月16日の日曜日、前日に引き続き、枚方教会の信徒向けに井上友里子さんを講師に迎え、四旬節黙想会が開催された。
前半は集会の家で、テゼの歌との出会いやテゼでのボランティア経験をお話いただいた。
多忙な音楽の教員生活で抱えた葛藤、無理をし続け、心身が分離したような苦しみを抱える中で、友人と駆け付けた東日本大震災後のボランティア先でテゼ共同体の歌と祈りの出会いがあり、その体験からテゼでの長期ボランティアをすることとなった経緯やテゼでの貴重な経験をご自身の当時の日記、スライド等用いながらお話された。
井上さんは、ご自身のことを話すのは初めてということで、今回の為に多くの時間を割いて準備された様子が伝わってきた。
休憩を挟んだ後半は、聖堂に移動し、前日に引き続き奏者として参加して下さった下瀬神父のチェロ、梅﨑神父のギターの音色が聖堂に響く中、テゼ共同体の歌と祈りがささげられた。
黙想会後は、婦人会の協力を得て集会の家にて茶話会が開かれた。
和やかな雰囲気の中、竹延神父からの直球の質問に対しても丁寧に言葉を選びながら率直に返答される井上さんの姿が印象深く残る、充実した茶話会となった。 (宣教委員会)
3月15日、「四旬節に心を合わせるテゼ共同体の歌」と題し、テゼの曲の紹介と黙想による祈りの集いが聖堂で開催された。
講師として福岡のカテドラルで定期的に開催されているテゼの曲を用いた祈りの集いで歌唱指導をされている井上友里子さんをお招きした。
また楽奏者として日本基督教団から関西学院大学の准教授、打樋先生(ギター)と柳本先生(ギター)、カトリックからは吹田教会の下瀬神父(チェロ)にお越しいただいた。
教区報の広告欄等、広く呼び掛けたことから、当日は雨天にもかかわらず、外部から未信者の方やプロテスタントの方、他の小教区からの参加者を含め計94名が集った。
前半は、「聖霊来てください」「おそれるなわずらうな」等11曲の紹介と練習が行われた。
いくつかの曲ではソプラノ、アルト、バスのパートに分かれ、それぞれが他のパートとのハーモニーを感じながら一つになる調和を感じる体験となった。
休憩を挟んだ後半は、前半の歌11曲の間に聖書朗読、共同祈願、沈黙、テゼからのメッセージ朗読が織り込まれた、エキュメニカルな祈りの集いとなった。
終了後、集会の家で婦人会の協力を仰ぎ、竹延神父の手作りのカレーとサラダが振舞われ、和やかなひと時となった。
◎灰の水曜日(大斎・ 小斎)
・ 3月5日(水)7時、10時、19時
◎四旬節 祈りの集い
・3月15日(土)15時~17時
テゼ共同体の曲紹介と黙想によるエキュメニカルな祈りの集い
◎四旬節黙想会
・3月16日(日)13時~15時
テーマ
テゼで見つけた信頼と解の源泉~歌と祈り・分かち合いの日々からの気づき~
「祈りの集いと黙想会」
指導 井上友里子さん・テゼ共同体・元長期ボランティア
◎十字架の道行き
・3月7日~4月11日の間 毎週金曜日9時30分~
“お知らせ(3月)” の続きを読む
青年に関わろうと再度、動き始めたきっかけ、思いについて私見が多く含まれますが、書いてみたいと思います。
私は、53年間枚方教会在籍。侍者会、教会学校など、青少年に関わる活動に携わっていました。
30代後半から体調不良になったため、活動を休止しました。
幾度と教会活動へのお誘いもありましたが、体調が芳しくないため断っていました。
昨年の初夏、レジデンスにて青年の話をしている折り、耳元で「青年に関わりなさい!!」と声が聞こえた気がしました。
この声を裏切ってはいけないと本能的に感じお手伝いしようと思ったのがきっかけです。
久しぶりにミサを受け『子供も青少年も少ない。中学生以上や求道者の方、堅信を受けた方等、共同体として気軽に関わる受け皿がないな』と感じました。
昔と今の時代背景の違い
約40年前教会には若者、若い夫婦、子供も多く、信者の多くの子供がうみのほし幼稚園に通い、幼稚園と教会が一体となって活動していました。
当時は高度経済成長期、経済的に裕福ではない家庭もありましたが、毎年一定の定期昇給があり、少しずつゆとりができたと思います。
一般的に父親が働き、母親は専業主婦、日曜日は家族全員が休み、子供達は外で遊び、信者の子供達は日曜日を教会で過ごしていました。
現在はどうでしょう?
“現代における 若い世代の教会での 共同体作り
フランシスコ М・М” の続きを読む
だいぶ前にこのページを頼まれて断れず、ああでもないこうでもないと悩んでいたら、あらら、締切り過ぎちゃったじゃありませんか。
さて、これを書いている前の週に60歳の誕生日を迎えた私が生まれたのは、そんなに遠方ではなく神戸市東灘区です。
阪急電車の岡本駅と住吉川の間で、すぐ近くに甲南大学のある所です。
私の父は六甲中学・高校で学び、在学中に私の祖母と2歳上の伯父と受洗し、母親も結婚をきっかけに故郷の九州の飯塚で洗礼を受けたそうです。
私が産まれたのは、灘の神戸海星病院です。
昨年末の黙想会で講師の沼野さんから「あそこは今、警備会社の経営する病院」と伺ってびっくりしました。
その神戸海星病院で産まれてすぐに、当時住吉教会におられたベロウ神父様が来られて洗礼を授けられたそうです。
なので、信者歴60年と言いたいところですが、よくある中高生から教会へ足が向かわないパターンで、19年前に枚方にやって来てようやく、再び信仰を考えました。
“幼少期の思い出の神戸東灘
使徒ヨハネ S・S” の続きを読む
2月16日(日)に酒井俊弘補佐司教をお迎えして堅信式が執り行われました。
昨年8月末から呼びかけ始めましたが、当初1人しか名乗り出られませんでした。
その後フリオ神父からご夫婦を紹介いただき、さらには竹延神父の呼びかけにもう1人応じられました。

1月12日(日)午後1時より、集会の家で新年会が行われました。
これまでは婦人会、壮年会などそれぞれ個別に開催されてきたものですが、コロナ禍が落ち着いた今、教会初の試みとして、全信徒に呼び掛けての会となりました。
総勢94名の参加となり、余興もいろいろ披露していただき、楽しい時間を過ごすことができました。


1月12日(日)、毎年恒例となっているガールスカウトによる「初釜」が行われた。
子供達は順番に、初々しい手つきで「お点前」を披露した。
和やかな雰囲気の中、40名程の信徒の皆さんをお抹茶と季節の和菓子でもてなした。