教会学校遠足

6月15日(日)、玉造教会と大阪歴史博物館へ行ってきました。

玉造教会が初めての子もおり、大きさに驚いていました。

同じように遠足で来ていた池田教会の方が聖堂を案内してくれました。

前田万葉枢機卿がちょうど取材を受けておられ、26聖人の絵の修復について説明してくださいました。

びっくりサプライズで子供はもちろん大人達も大興奮でした。
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教会学校聖堂ツアー

5月18日(日)9時ミサ終了後、梅﨑神父のガイドで聖堂ツアーがおこなわれました。
香部屋では、教会で使われている祭具や司祭服などが保管されているのを改めて知りました。

十字架の道行の絵画が壁に掲げられていることも教えてもらいました。

告解室が、赦しの秘蹟を受けられる場所だとは知ってはいましたが、中を覗いたのは初めてで、興味津々でした。

聖櫃(せいひつ)がご聖体を保管しておく場所であり、聖木曜日には空になっているということも教えてもらいました。


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洗礼式と子供侍者

5月18日(日)9時ミサにて6名の子供達の洗礼式がおこなわれた。

同時に、久しく待ち望まれていた子供侍者が3名誕生し、聖堂内は祝福と喜びで満たされた。

初聖体おめでとう

6月22日(日)『キリストの聖体』の9時ミサにて5月に受洗した6名の子供達が初聖体を受けました。

終了後に子供達は「パンは思ったより味がしなかった」「人がいっぱいで緊張した」「楽しかった」「イエス様のからだのパンはおいしかったけれど、本当にイエス様が一緒にいてくれてる気がした。

洗礼の時におでこに水をかけてもらった時も同じ気持ちがした」という感想をよせてくれました。

河内キリシタンの希望 主任司祭 竹延真治

大東市には三箇(さんが)という所があり、三箇五丁目には菅原神社がある。

中世には水月院というお寺も存在したが今は廃寺となっていて、わずかに墓所だけが菅原神社の脇に残っていて、数基の古びた墓碑が並んでいる。

その墓碑の一つには、次のような句が刻まれている。

「城は灰 埋もれて土と なりぬとも 何をこの世に 思い残さん」

三箇の真正面にそびえる飯盛山の山上で、1563年に73名の武士がヴィレラ神父より洗礼を受けた。

全盛期には河内には6千人ものキリシタン(カトリック信者)がいたのだという。

その中の中心人物が三箇サンチョという武士で、彼の居城がいまの菅原神社あたりにあったと言われている。

三箇は、当時、大きな池の中に浮かぶ島で、フロイスの『日本史』によれば、サンチョはクリスマスや復活祭には池に船を浮かべ、投網を投げて魚を獲り、信者・未信者を問わず御馳走を大盤振る舞いしたのだという。

まさしく三箇サンチョは河内キリシタンのドン(首領)であり、彼の慈愛に満ちた生き方が多くの河内人を信仰に導いたのだろう。

しかしながら、その河内キリシタンは20年しか存続できなかった。

豊臣秀吉のバテレン追放令や国替え政策で河内のキリシタンは滅亡した。

その最期はほとんど伝わっていない。
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司祭叙階25年目 梅﨑隆一神父

司祭への召し出しとは、神の呼びかけに答える事だと教えられていました。

しかし、私が終生誓願を立てる前に問題になったのは「あんな馬鹿な人が神父になっていいのですか」という事実でした。

馬鹿なのは昔から知っている事で、特に高校生の頃、通っている学校の事で馬鹿にされました。

大学に入っても「あんたが大学に入ったのは、私の推薦書のお陰だ」と念押しされたり、今でも「梅﨑神父の話す英語を聞くと(レベルが低いので)安心する」とも言われます。

馬鹿である事は知ってはいても、人から言われて悲しくないわけがありません。

それよりもショックなのは、修道者、司祭を決めるのは、神ではなく、賢く力のある人が権利を勝ち取る事であるという考え方です。

人の賢さが決め手になるなら、召命に限らず教会の決定にも神のみこころなど必要ありません。

やがて司祭になり1年も経たずにうつ病になり、病気が治らないまま仕事をさせられていて、6年目にインドに行けと言われた。
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お知らせ(5月)

総務委員会
・転居等で住所・電話番号に変更のあった場合は総務委員までお知らせください
・園庭駐車についてお願い
 安全と円滑な使用のため教会発行の駐車カードを必ずダッシュボードに置くようにお願いし ます。
 お持ちでない方は所定用紙が集会の家にありますので申し込んでください

◎教会学校
・子ども侍者の養成 5月18日(第三日曜日)
 8時45分聖堂内に集合 9時ミサから始めます
 信徒でない子どもさんも参加できます
・遠足 6月15日(日) 行き先:玉造教会 10時ミサに参加します
   
◎青少年委員会
・初聖体
 6月22日(日)9時ミサ

◎宣教委員会
・北地区春の養成コース 6月14日(土) 10時から13時
 今市教会にて 
 指導司祭:ヌノ神父
 テーマ 「シノドス 日常の中で信仰を生きるヒント」
 講座参加申込は6月8日(日)迄に申込書の提出をお願いします
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聖週間

 枝の主日(4月13日)

9時 雨のため、信徒会館から行列
11時 盛儀の入堂

司祭経年祝(4月16日)

大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。

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 枝の主日(4月13日)

9時 雨のため、信徒会館から行列
11時 盛儀の入堂

司祭経年祝(4月16日)

大阪高松カテドラルでの聖香油ミサにおいて。
プラチナ祝(70周年)フラデラ神父様、銀祝(25周年)梅﨑神父様、おめでとうございます。

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四旬節黙想会

3月16日の日曜日、前日に引き続き、枚方教会の信徒向けに井上友里子さんを講師に迎え、四旬節黙想会が開催された。

前半は集会の家で、テゼの歌との出会いやテゼでのボランティア経験をお話いただいた。

多忙な音楽の教員生活で抱えた葛藤、無理をし続け、心身が分離したような苦しみを抱える中で、友人と駆け付けた東日本大震災後のボランティア先でテゼ共同体の歌と祈りの出会いがあり、その体験からテゼでの長期ボランティアをすることとなった経緯やテゼでの貴重な経験をご自身の当時の日記、スライド等用いながらお話された。

井上さんは、ご自身のことを話すのは初めてということで、今回の為に多くの時間を割いて準備された様子が伝わってきた。

休憩を挟んだ後半は、聖堂に移動し、前日に引き続き奏者として参加して下さった下瀬神父のチェロ、梅﨑神父のギターの音色が聖堂に響く中、テゼ共同体の歌と祈りがささげられた。
  
黙想会後は、婦人会の協力を得て集会の家にて茶話会が開かれた。

和やかな雰囲気の中、竹延神父からの直球の質問に対しても丁寧に言葉を選びながら率直に返答される井上さんの姿が印象深く残る、充実した茶話会となった。     (宣教委員会)

テゼの歌と祈りの集い

3月15日、「四旬節に心を合わせるテゼ共同体の歌」と題し、テゼの曲の紹介と黙想による祈りの集いが聖堂で開催された。

講師として福岡のカテドラルで定期的に開催されているテゼの曲を用いた祈りの集いで歌唱指導をされている井上友里子さんをお招きした。

また楽奏者として日本基督教団から関西学院大学の准教授、打樋先生(ギター)と柳本先生(ギター)、カトリックからは吹田教会の下瀬神父(チェロ)にお越しいただいた。 

教区報の広告欄等、広く呼び掛けたことから、当日は雨天にもかかわらず、外部から未信者の方やプロテスタントの方、他の小教区からの参加者を含め計94名が集った。

前半は、「聖霊来てください」「おそれるなわずらうな」等11曲の紹介と練習が行われた。

いくつかの曲ではソプラノ、アルト、バスのパートに分かれ、それぞれが他のパートとのハーモニーを感じながら一つになる調和を感じる体験となった。

休憩を挟んだ後半は、前半の歌11曲の間に聖書朗読、共同祈願、沈黙、テゼからのメッセージ朗読が織り込まれた、エキュメニカルな祈りの集いとなった。

終了後、集会の家で婦人会の協力を仰ぎ、竹延神父の手作りのカレーとサラダが振舞われ、和やかなひと時となった。