永遠の息吹 梅﨑隆一神父

司祭になったら、少なくとも毎週日曜日は子どもと遊び、一日が終わるという人生を過ごす予定でした。

しかし現在、数か月間子どもと関われないのが当たり前の日々を過ごしています。

毎週日曜日、少なくともミサの中で「どんな人も神に似せて造られ、一人ひとりは価値ある存在です」と教えてもらえるのに、月曜日から土曜日の間「沢山の人が羨むような価値を手に入れている者だけが価値ある人間である」と教えられる。

子どもの頃からそのようなジレンマを感じていたから、少なくとも週に一回、教会が本来の人間らしさを取り戻せる場所になればと思っています。

そして子どもたちは、大人に囲まれて、お友達と楽しく過ごせるだけで良いのではないかと思います。
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わたしのふるさと 竹延真治神父 

表題のテーマで原稿依頼を受けたものの、締切日を迎えて思考がストップしてしまいました。

以前、「河内のクリスマス」という題で大阪刑務所の受刑者向けに書いた文章をそのまま再掲させていただきます。

わたしの実家は河内平野のど真ん中で養豚業とアヒル屋を営んでいた。

大雨になると家も豚舎も水に浸かるような環境や、粗野な河内弁を話す人々の中にあって、わたしの母とその子供たちだけがクリスチャンであることにずいぶんと違和感を持って育ってきた。

クリスマスというのはテレビドラマに出てくるようなもっと上品でハイカラな人々が祝うものだというイメージがあった。

「豚やアヒル(合鴨)がそばにいたり、住む家がすぐ水に浸かったり、河内弁が飛び交うようなところにはキリスト教は向かないのだ。河内にはクリスマスは似合わない!」とわたしは思い込んでいた。

ところが、十数年前にある牧師さんの講演を聴いて、河内地方がキリシタンの聖地であることを知りびっくり仰天した。 “わたしのふるさと 竹延真治神父 ” の続きを読む

神の御業を見た時
アランサス S・J

  

目に見えるもののみ信じる、科学好きだった私が、なぜ受洗しようと思い立ったかを話します。

それは、気づきからでした。自分自身の力ではなく、何かの力が働いていると思うような体験が、何度もあったからです。

しかし、洗礼を前に、代母のマリア・グラチアU・Kさんから、受洗は私の決意ではなく、神様がお決めになったのだと言われました。

私が、カトリックの良さだと思うことがあります。

まず「共同体」と呼ぶことです。生まれや国籍や言語を越えて、同じ共同体のメンバーとして、少なくともミサで、一体感を感じられるところです。

そして、葬儀の時に、涙ではなく、天に昇るのを見送るというような、明るい光を感じるところです。

改めまして、私がカトリックと出会った話をいたします。 “神の御業を見た時
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春の養成講座

テーマ
~私は行くところがある~
第1講話 竹延真治神父
第2講話 松浦信行神父

6月3日に北地区春の養成講座が今市教会にて行われました。

今回から指導司祭が梅田教会の松浦信行神父に交代され、新型コロナ感染症に対する規制が緩和されていくことを考えながら今年初めから準備を進めておりました。

4月の末から募集を開始したところ、枚方教会では16名の申し込みが有りました。

北地区全体では100名ほどの申し込みとなり、日々通常の活動が出来る様になって来ている事を実感する事が出来ました。

第1講話は竹延真治神父の「私はなぜ教会に惹かれたのか?」という題ではじめられました。

すぐに「私は、人と会うのが怖いです。」と仰られ、如何に自分が人と付き合う事が怖いかを赤裸々に語られました。

その講話を受けて、10の小グループに分かれ分かち合いの時間が持たれました。どのグループも大いに盛り上がっておりました。

更にその分かち合いを受けて松浦信行神父の「私と教会」と題した講話があり、各グループの分かち合いの共有が殆どで、それをまとめられるという展開となりました。

新型コロナ下で人との接触が減った後だけあって、参加者の方々が積極的に発言している姿が印象深い講座となりました。

(宣教委員会 S)

長崎神父と共に 巡礼の旅によせて

5月29日~6月1日まで、今市教会2名、枚方教会7名で長崎神父と共に平戸・外海・長崎・神ノ島・伊王島へと巡礼の旅に出発しました。

一日目は上五島出身の大工の棟梁、鉄川与助氏が建てた田平(たびら)教会訪問。

レンガ造りで、八角形の屋根は鐘楼を構える重厚な教会で、信徒の墓地が隣接する珍しい教会です。

次に焼罪(やいざ)史跡公園へ、ここは1622年イタリア人カミロ・コンスタンツォ神父が火刑に処せられた地で「殉教の碑」があり、海に向かって建てられています。

上神崎(かみこうざき)教会、平戸ザビエル記念教会を訪問。ここで旅の最初のミサを捧げました。 “長崎神父と共に 巡礼の旅によせて” の続きを読む

初聖体の報告

6月11日(日)【キリストの聖体】の9時ミサにおいて、梅﨑・竹延 両神父司式のもと、小学四年生のD・M君が初聖体を受けました。

前日の打合せには、お父さんも参加して頂き、梅﨑神父がたくさんのお話しをして下さいました。

帰る時にM君は、「緊張してきたけど、明日がとっても楽しみになった!」と言っていました。

勉強の期間中にお祖父様が体調を悪くされて、お母さんがブラジルに行かれた中での、ちょっと寂しい初聖体でしたが、当日はお父さんが携帯で写真を撮り、すぐにブラジルに送って、喜びを分かち合うことができました。

お知らせ(5月)

◎クラレチアン宣教会
司祭の黙想会  4月30日(日)午後から5月6日(土)夕方まで
神父様は不在となりますので信徒が交代で留守番をします。
・この間のミサはありません。

◎初金ミサ
・6月2日(金)10時

◎婦人会
・5月5日(金)10時~掃除、定例会
・6月2日(金)ミサ後~掃除、定例会
・婦人会は第3、4、5金曜日も10時から掃除をしております。祝祭日の場合はミサがあり、掃除はその後になります。ご協力をお願いします。

◎壮年の集い
・5月13日(土)
・6月10日(土)
午後5時から掃除と定例会。どなたでも、途中からでもお気軽にご参加ください。

◎初聖体
・6月11日(日)9時ミサにて。
ご希望の方は司祭・青少年委員会まで。

◎教会学校始まりました
 第3日曜日9時ミサ後集会の家にお集まり下さい。 “お知らせ(5月)” の続きを読む

更生の道
主任司祭 竹延真治

まだ枚方レジデンスに住んでいたころ、クラレチアン会の会議に参加される外国人の神父様を車で関西空港まで出迎えにいったことがある。

夜の飛行機で関空に到着したその神父様は、握手だけでなくハグまでし、親愛の情を示してくれた。

助手席に乗った彼は、緊張するわたしを和ませるかのように英語で話しかけてきたが、語学が不得手なわたしは早くこのお客様をレジデンスに送り届け、自室で一人になりたいとアクセルを踏んで帰路を急いだ。

途中、頭上で何かが赤く光ったことは覚えている。

そのすぐ後、転勤があり、今市教会に引っ越した。

まもなく、これこれのナンバーの車を何月何日の何時頃運転していた者は旭警察署に出頭するようにとの通知が旭区にあるクラレチアン会本部に届いた。

指定日時に交通課に行ったら、おまわりさんがわたしの顔と車のナンバーが写った写真を見せてくれた。

阪神高速を52キロオーバーで走行したとのことで赤切符を切られ、罰金八万円の略式命令と三カ月間の免許停止処分が言い渡された。 “更生の道
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本当の家を探し求めて
マリア・テレサ・ベネディクタ N・N

物心ついた頃から、突然、世界から完全に自分が切り離され「私は誰なのか、この世界は一体何か」という迷子の様な感覚に度々陥っていた私が、これを哲学的に被投性と呼ぶと知ったのは随分後の事です。

名前すら持たないこの内奥からの問いかけに対して、答えを見出せないまま家族や学校の一員として存在する、あくまで仮象の「私」に戻るしかないということに次第に気づく瞬間、それはとてつもなく重たく感じ「この私を生きなければいけない」という逃れられない現実に呆然としながらも、自己一致を揺るがす一種の不安からは解放されるのでした。

大学進学で故郷を離れ、大阪へ。

恩師の導きによってシモーヌ・ヴェイユのキリスト教思想を通して贖罪の概念に惹かれ、留学中はユダヤ人哲学者レヴィナスの思想に導かれて、キリスト教との対話にも開かれていたユダヤ教の恩師との出会いもありました。

二人のユダヤ人哲学者における私の関心は、不幸を受け入れる過程での魂の完全な受動性の中でのケノーシスの型取りとして自己の魂の変容でした。

しかし、当時の私はまだ摂理としての父である神の存在を本当には知りませんでした。 “本当の家を探し求めて
マリア・テレサ・ベネディクタ N・N” の
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