私の洗礼 ヨハネ H・K

私がキリスト教に関心をもち始めたのは、今から50数年前です。

当時の私はまだ高校1年生。

暑さの残る通学路でキリスト教のトラクトをいただいたのでした。

ずいぶん前の事ですから内容は殆ど覚えておりませんが、十字架による罪の赦しと救いの事が書かれていたのではと思います。

そして、それを家で読んでいるとき、不思議な喜びが湧いてきて思わず笑いそうになり、必死でこらえました。

いささか厳しい父に何を読んでいるのかと追求されることを心配したからです。

その記事は大変素晴らしいと思いましたので、それに掲載されていた聖書の通信講座にほどなく申し込んだのでした。

また、その事を黙っていてはいけないと思ったので、中学時代の友人には興奮気味にその感動を伝えたのでした。

今冷静に振り返ってみますと、まだ15歳で生活体験が少ない高校生にとっては、人間の罪とか、その救いなどといった事柄は難しく、ほとんど理解できていなかったのではないかと推測されます。

ただ、その通信講座を3ヶ月間受講して、私に喜びと憧れと神を求める気持ちが育っていったのではないかと思います。

「いのちのことば社」の皆様には心から感謝を申し上げます。

2年生になって、私達はプロテスタントの教会に通い始めました。

その教会では、イエスのメシア性と神性を信じて主の御名を呼び求めるなら聖霊が受けられます、主の御名は《我は主なり》ですと教えていただきました。

そしてイザヤの預言に書いてあるように、私達はその御名を呼んだのです。

(神の御名は学校でヤハウェと学んでいましたが、本質を表す主の御名は《我は主なり》であると教わったのです。しかし実は《神聖4文字》であると知ったのはその30年後の事でした。)

「御名の流出があったので、あなたは聖霊を受けました。良かったですね。」と伝道師の先生や教会の皆様は喜んでくださいました。

それは私の人生上で決定的な出来事でした。

それが契機となってイエスの教えを受け入れて歩むことが決まったからでした。

そして、その数日後から、私は不思議な感覚を胸に覚えるようになりました。

この初めての感覚とこの時に教わった御名がこの後の私の喜びの道標と悩みになっていったのでした。

また、その御名を呼ぶ事については、少し違和感がある事を先生に申し上げたのですが、「御名は恥ずべきものではなく、崇め尊ぶべきものです。」と諭されました。

その時、私は何ということを仰るのだろうかと思いましたが、実はこれは極めて重要な事だったのです。

主の祈りの最重要事項だったのでした。

主の御名を呼ぶことは本当に重要だと思います。

使徒言行録にアナニアによるパウロの明確な聖霊体験が記録されており、最後の教父と呼ばれるクレルヴォーの聖ベルナールも「イエース」と日々の生活の中で主の御名を唱えることを推奨していらっしゃるからです。

そこの教会では随分良くしていただいて、大切な居場所でした。

トーストやお茶をいただいたり、小さな聖歌隊での歌の練習や降誕劇など、本当に楽しく幸せでした。

先生だけではなく教会の皆様にもいろいろと親切にしていただき、本当に感謝をいたしております。

また、「聖フランシスコの小さき花」「信心生活入門」といった本を紹介していただき、大変気に入って読んだり祈ったりした事も思い出します。

そして12月となり、信仰を認められて、クリスマスに洗礼を授けていただいたのでした。

今思い返してみますと、私は主の不思議な導きのもとに、周囲の多くの方々の様々な暖かいご援助とお祈りの支えをいただいていたのでした。

キリストに賛美