互いに耳を傾けて平和の道を」を共通テーマとして今年の平和旬間を迎えました。
北地区では13日に梅田教会で7人の方のお話を予定していましたが、コロナ等の関係でミサ配信のみとなりました。
酒井司教はエフェソの「隔ての壁」の話から、私達は平和の人になっているか、対立でなく繋ぐものになっているか、自分と自分の周囲から平和をと話されました。
平和旬間はただの年中行事のようになっているのでしょうか。
あるいは今起こっている戦争、起こりそうな戦争だけに注意が向けられて、ニュース素材として消費されるものになっているのでしょうか。
最近、国際関係の前提となっていた枠組みが変わり、国の在り方についてもいろんな主張を聞くようになりました。
中にはあまり感心しない意見もあります。
また、世界のいろいろな問題も様々な形で露わになってきています。
そんな中で教会の平和への取り組みでも、とまどうことがあります。
ここで私達は現れたものに振り回されず、鈍らせず、私達の出発点、身のまわりから回心の目を向け、「平和」「いのち」「生かし合い」を考える時をつくろうと思い、枚方教会では平和旬間の取り組みとしてAさんにお願いしました。
8月7日、ミサの後、Aさんが御自身の神戸の空襲、広島での被曝の体験と共に「平和と一致」をテーマに話をされました。
ミサの中「教会に平和を願う祈り」の最後に「おことばのとおり、教会に平和と一致をお与えください」とあります。
「教会に平和とは」「教会に一致とは」を、三十数人が小人数に分かれて分かち合いました。
各グループには、心を開いて相手の言葉を聴く、まとめない(安易に結論をだして片づけない)、この場で出た話を外に出さないという条件で自由に話し合ってもらいました。
私達が知らず身につけた外側のものを外し、キリスト者として互いを受け止め、どちらが正しいのかでなく、分かち合う。
考えが違っても互いを尊重しあう時、共同体としての教会は希望の場になります。
皆さんの心に平和の種を持ち帰っていただけますように。
(社会活動委員会)