「遥かな尾瀬」ではなく、近くのレジデンスでのことを。
東京の神学校に入学した最初の夏休み、わたしはクラレチアン会が担当する教会ではなく、枚方のクラレチアン・レジデンスを帰省先に選んだ。
デ・グランデス神父というアルゼンチン出身の巨体の老神父が一人いる修道院なら、小教区とちがって信者さんは誰もいないので、そこでゆっくり勉強ができるぞ、と思ったからだ。
神学校で使っている教科書や参考図書を段ボールに詰めて東京からレジデンスに送った。
レジデンスに荷物が届き、玄関先でそれを開いていると、デ・グランデス神父が近づいてきて言った。
「竹延、おまえはアホか。夏休みに勉強しようと思てるのか。夏休みは休む時じゃ。勉強なんかするな!」と。わたしは神父のことばを忠実に守った。
段ボールに入った10数冊の本をまったく開きもせずに、1か月半を過ごした。
デ・グランデス神父はレジデンスで畑を作っていた。
炎天下にシャツ一枚の神父はガレージに腰掛け、ゼーゼーと苦しそうな呼吸をしながら一服していた。
休憩中の神父に近づいてゆき、煙草をねだりながら、そのかたわらで神父の毒舌説法に耳を傾けたことがわたしの夏休みの思い出だ。
その毒舌の中には言霊(ことだま)となって今もわたしの心に宿っているものもある。
後年、短期間だが大阪教区の神学生の養成担当者の一員に加えられたことがある。
神学生たちは夏休みに神学校から戻ってきて、大阪教区の各教会に実習のために派遣される。
秋になると養成担当者会議があり、各神学生が実習先でどんな夏休みを過ごしたかが評価される。
養成担当者の中でも末席のわたしは、「夏休みは休むためにあるんや。神学生たちには勉強をさせるな。」と言いたくなる心を抑えた。
「よく勉強しなさい!」「しっかり祈りなさい!」と言ってくれる養成担当者はいる。
でも、「勉強なんかするな。」「祈ったらあかん。」と言ってくれる人は少ない。
40代で鬱(うつ)になった時、「祈ることも今は休みなさい。」と言ってくれた指導司祭に感謝している。
祈ることさえも休まなければならない時があることを初めて知った。