キリスト教との出会い
使徒ヨハネ Z・R

私は七月十二日に受洗しました。なぜ私が洗礼を受けるつもりになったのか、その理由をお話しようと思います。

私は入信するにあたって、もちろんパウロのような電撃的な回心を体験したわけではありません。

些細なきっかけらしきものがいくつかあって、それらが重なり合いながら、私を受洗に導いたのだろうと今振り返って思います。

それらの動機の一つは外的なものでした。

私の家族全員が、つまり妻と子供たちがすでに入信して信仰の内におり、私だけがまだ信仰の外にいたという事実です。

信仰は、人が生きていくうえで何を尊いものと考えるか、という価値観へじかに通じています。

人生の終盤を迎える時に、私も家族と同じ価値観のもとで生きたいと――しかし信仰は共有できるものではないと承知しつつ――願ったこと、それが卑近な理由としてありました。

二つ目の動機は内的なものでした。私がかつて読んだ小説に、作家大江健三郎の『新しい人よ眼ざめよ』という人生の再生を謳った作品があります。

その中でウイリアム・ブレイクという詩人の詩の一節が引用されていますが、そこで読んだ言葉がどうやら今回の受洗に細く繋がっているらしいのです。

その詩の中でイエス・キリストが青年アルビオンに語りかけて言います。

《イエスは答えられた。惧れるな、アルビオンよ、私が死ななければお前は生きることができない。しかし私が死ねば、私が再生する時はお前とともにある。》

私はこの言葉を読んだ時、なにか温かい穏やかなものが心の中へ流れ込んできたのを覚えています。

後日、ミサに与かる妻に付き添って聖堂に入り、後方の席から祭壇正面を見上げた時、十字架の上で両手を広げられたイエス・キリストが、《惧れるな、私が死ねば、私が再生する時はお前とともにある》と語りかけておられるような気がしたものです。

その後何度かこのような体験を繰り返し、それが私を受洗へと導いたのではないかと今は思っています。

もう一つの内的動機は――青臭い言い方で気恥ずかしいのですが――私がこの世界とどう向き合って生きるか、という考え方の変化でした。

私はかつて、人間は、地上の《この時、この場》に偶然に生まれ、《この時、この場》に偶然に生き、《この時、この場》から偶然に消えていくのだろう、という考えをもっていました。

しかし、なぜかある時からそういう考え方の虚ろさに耐えられなくなりました。

そして、いつどこでだか覚えていませんが、聖書に、この世にある一切の被造物は神さまの愛と恵みのもとにある、という考え方があるのを知った時、なにかほっとした気持ちになったことを覚えています。

神さまが人を偶然的な存在ではなく、必然的な存在としてくださるという考え方は、私に平安を与えてくれました。

それも私を受洗に導いた動機になっていると思います。

洗礼式を終えて今思うことは、信仰の門をくぐってもいっぺんに見晴らしがよくなるわけではないようだ、ということです。

敷居を跨いで立ちつくしたまま、というのが正直な感想ですが、いつかは先へ進めるだろうと楽観的に考えています