待降節黙想会

12月11日(日)3年ぶりとなる枚方教会の待降節黙想会が行われました。

四旬節の黙想会を行って頂いた和越神父は3年前に頼んでいたので、何とか来て頂けましたが、今回は直前まで告知できず、特に前号のグアダルペに黙想会案内の詳細を記載できなかったことを担当委員として申し訳なく思っています。

今回フリオ神父に枚方教会に来られて16年で初めて黙想会を行って頂きました。

本来は11時のミサから始まり、昼食を挟んで講話を頂き、その後にゆるしの秘跡となりますが、今回はミサをそれぞれで9時、11時で受けていただき、昼食の後、午後に講話を頂き、その後にゆるしの秘跡となりました。

内容につきましては、丁度待降節3週目でしたので、そのよろこびの主日=Gaudeteについて、私たちがどうよろこびそこから福音宣教にどう繋ぐかについて、まず2019年のローマ教皇=パパ様の来日、その時のテーマであった「すべてのいのちを守るため~Protect all Life」、更にそのテーマの元となった2015年の回勅ラウダート・シの巻末に在る「被造物に捧げるキリスト者の祈り」を皆で唱え、テーマソングのProtect all Lifeを聞きスタートしました。

来日の3日間だけで、日本はどこか変わった。

さらにそこから昨年のシノドスにつながった。

そこにはケリマ=私たちの間で福音を延べ伝える事、いい話をする。悪口ではない、喜びにつながるひと時が有り、更にお互いに励ましあうそれを生かす。小さな出来事、小さな喜びを分かち合い共に歩む。

更にディアコニア=互いに奉仕する、互いに仕える。

ちょっとした挨拶でも良い。

自分にできる奉仕はきっとある。

笑顔で挨拶することが、福音宣教の始まりでもある。

相手に対して思いやりの心を持つことが大事。

更に神様が個々に下さったカリスマ=それぞれが出来る事、聖霊からいただいた賜物、それを生かす。

何らかの形で、個人、組織、ファミリーとしての奉仕のレベルを広げていく。

人に仕える心、仕える気持ちを持つことが大事。

そうした中で、希望もなくぐったりして寄ってくる人があれば放っておけない。

その人に対して簡単に言うのではなくその人の命を神様から頂いたいのちと見て奉仕する心を自分で勉強して研究して持つことが大切。

そして、最後の言葉として、コイノニア=交わりが大事。

人は、やっぱり一人では生きていけない。

寄り添ってくれる人が、どうしても必要。

(昔の教会は)みんなで集まって主の晩餐にあずかって、皆で分かち合い、皆で幸せであった。

迫害の中でもそう言った事は出来た。

交わりは、今のコロナ禍において難しいけれども、何らかの形でホウレンソウ(報告、連絡、相談)を忘れずに信頼できる人がいるという事は大切。

また交わりの一つはミサです。

皆で一緒に手を合わせ祈り、み言葉を頂き、ご聖体を頂きます。

最後にもう一度この日のイザヤの予言とマタイによる福音を読みよろこびをあらわされました。

(宣教委員会 S)