この前、信徒会館で何人かの信者さんと半分冗談でイエス様について話をする機会がありました。
そこで私は、ヨハネ福音書2章に出る、イエス様が縄で鞭を作り、神殿から商人を追い出す場面を思い出して、イエス様は男らしい方だと言いました。
考えてみると、福音書の中で描かれているイエス様はやさしい姿が多いです。
だから、女性らしい性格ではないかと思われる可能性があります。これはヨセフ様の影響だと思います。
マリア様の妊娠のことを知った時、ヨセフ様はひそかに縁を切ろうと決心したのです。
夫のいない女性の妊娠が世間に知れると、逃げ切れればいいのですが、そうでない場合、当時の社会ではその女性は石打の刑で殺されます。
ヨセフ様は律法では正しい人でした。どちらかと言いますと気の弱い人でしたがやさしい人でした。
(ここでは紙面の関係上、長く話せませんが)本当は慎重で大人しくやさしい性格をもっている人で、それがイエス様に影響していると思います。
そうなると、イエス様が神殿で見せた、あのような姿はどこから来るのでしょう。
ルカ福音書1章39節を見ると、イエス様誕生の予告を受けた後、マリア様がエリサベトの所に行ったと書かれています。
当時マリア様がいたガリラヤのナザレからエリサベトの居場所として推測されるユダの町がある山里までの距離は100キロほどで少なくとも4日以上かかったそうです。
それにルカ福音書10章の善いサマリア人の内容では、当時旅路で追いはぎに会うのが珍しいことではないと言っています。
それにもかかわらず、まだ12~15歳だったと思われるマリア様は、そのような危険な道を通って、エリサベトに会いに行きました。
それで、このルカ福音書1章、2章を単なる作り話として考える人もいます。
ところで、もしルカ福音書1章、2章が作り話だとしても、マリア様が本当は気が弱い人だったのならば、マリア様を知っている人々が、この語りを読んだら、この物語一つでルカ福音書の真実性は疑われたことになるだろうと思います。
だから、逆にルカ福音書の編集者がこの物語を入れたのは、マリア様は本当に大胆な方で、実は男らしい性格をもっていたという証拠になるのではないかと思われます。
私たちは、そういうマリア様を母として受け入れています。
ならば、マリア様の子供として 恥ずかしくならないためには、私たちもマリア様に習って大胆になるべきだと思います。
私たちが信じる神様に対しても、また復活されたイエス様に対しても、マリア様のように堂々と勇気をもって、日常生活の中で証しすることができますように、祈りたいと思います。
