今年は敬老の日にフリオ神父とともに車で奈良県の飛鳥に小旅行をしてきました。
稲穂が揺れる風景に包まれ、古代日本の原風景とはこうであったのだろうと想像しながら飛鳥寺、橘寺、川原寺跡、石舞台古墳と巡りましたが、最初に訪れた飛鳥寺では日本に現存する最古の仏像である飛鳥大仏がありました。
北魏様式という中国の影響を受けているこの仏さんの表情はいかにも福々しい東大寺の大仏とはだいぶ違い、細面でより人間的なお顔です。
興味深いことは、今まで見たどの仏像も共通しているのは耳が縦に長いことです。
耳が象徴的に大きく造られたことには、「自分の苦しみを聞き、わかっていただきたい」という仏さんへの人々の素朴な願いが投影されているように感じます。
聖徳太子の十人の話を同時に聞き分けたという逸話もこういった人々の思いから生まれたのかもしれません。 “聞いて寄り添う 特別な年の待降節に
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キリストと結ばれ古傷に別れを告げよう
ー新年を迎えて前向きに生きるためにー
クラレチアン宣教会フリオ・トレス神父
〈いよいよ本格的な寒さとなってきました。枚方教会の皆さん、お元気でしょうか。新しい年も、この私は心を新たにして一人ひとりに寄り添い、温かい心で関わっていきます。どうぞよろしくお願い致します。〉
新年を迎えたこの頃、病気であっても、不自由な体になっても、どんな時でも、前向きに生きるためには、最も大切なことが何かと考え、神学者ヘンリ・ナウエンの智恵を借りて、皆さんと一緒にいろいろと振り返ってみたいと思います。(参照:「今日のパン、明日の糧」、BreadfortheJourneyヘンリ・ナウエン1997年)
先ず、私たちが、心を新たにするのに最も難しいことの一つは、やはり過去についた心の傷を癒すことだと思います。
「あなたが、私や家族、先祖、友人にしたことは、絶対忘れません。絶対許しません。あなたは、いつか後悔するに違いありません。」と言ったり、少なくとも心に思ったりするものです。
時には、私たちの記憶は何十年も、場合によっては、何世紀もの年を経てまた復讐を呼び続けてしまいます。
過ちについて、ある人を責め続けているうちに、かたくなな心の壁が築かれてしまうことがよくあります。
けれども、使徒パウロのコリントの教会への手紙では、こう語られています。
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木を捜して登る
ーザアカイ、急いで降りてきなさいー
助任司祭 昌川 信雄
この度、38年ぶりの教皇の日本訪問は、信仰者ばかりでなくメディアも巻き込んでの大行事でした。
『教皇のお通り』を一目見たさに、長崎へ、広島へ、東京へと先回りして木に登った「ザアカイ」たちには、真に恵みの場となったことでしょう。
一か月後には、教皇に代わって、主ご自身が全世界の一人ひとりを訪問される『降誕祭』です!
世界はこぞって「イエスのお通り」を一目見よう(?)と、それぞれの木に登る準備でしょうか。
街と商店はイルミネーションの、若者たちは恋人への、大人たちはパーティの、両親たちは子どもへのプレゼントの準備に心はずませるようですが、私たち信仰者は「待降節」の木に登るための準備なのです!
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