「思い巡らす」 -カトリック枚方教会信徒 M. S ー 河北朝祷会より(2016.3.10 第187回)

私は、厳格な律法の教育を受けた熱心なユダヤ教徒のサウロが、キリストに出会って裏切りともいえる回心をしたことに興味を抱きました。サウロは、ユダヤの唯一の神の律法を守ることが「義」であり、それを遵守しないキリスト者を異端とし、その撲滅に奮闘します。

撲滅するための権限が与えられていたサウロは、ダマスコへ遠征の途中、突然、天からの光に照らされ地面に倒れます。倒れたサウロに主は、「なぜ私を迫害するのか」と問いかけ、そして、「わたしは、お前が迫害しているイエスである」と語り、ダマスコへ行くことを命じます。地面から立ち上がったサウロの目は見えなくなっていて、同行の者の助けを借り、3日後ダマスコに到着します。

普通に考えると、この時のサウロの心境は、正当な行為でキリスト教徒を迫害しているのに、なぜこのような仕打ちを受けなければならないのかと、神を恨んだに違いないと想像します。しかし、キリストの指示を受けてサウロを訪ねたアナニアによって、目が見えるようになり元気を取り戻したサウロは、アナニアから洗礼を受けました。これをサウロの回心と言います。

サウロの「回心」は、殉教したステファノの宣教活動に大きく関わっていたのではないでしょうか。ステファノの殉教の場にいたサウロは、熱意を持って語るステファノの宣教を聞き、彼らを弾圧していることに疑問を抱き、悩んでいたと思います。また、ダマスコへの道で天からの光を浴び地面に倒れたサウロが、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」という主の声を聞き目が見えなくなり、アナニアによって再び目が見えるようになったという出来事は、彼の回心への道筋を神が準備されたものとして、その大きな恵みを感じます。

使徒言行録には、サウロは洗礼を受けた数日後にはキリストの福音を述べ伝えたと記されています。一方ガラテヤの信徒への手紙には、パウロ自身の言葉として、主から啓示を受けた後、一旦アラビアに退いて、再びダマスコに戻り、それから3年後にエルサレムに行ったと記されていて、使徒言行録の記述とは異なり、受洗後すぐに宣教活動を始めたのではないことが伺えます。

アラビアでの期間は、パウロにとって主の啓示について「思い巡らした」時であり、キリストへの信仰を熟成させる大切な歳月だったと考えられます。ガラテヤの信徒への手紙に「生きているのは、私を愛し、わたしたちのために身を献げられた、神の子に対する信仰によるのです」と記され、また、コリントの信徒への手紙では、「愛がなければ無に等しい」と断言しています。これらのことから、パウロが長い思い巡らしの結果、キリストの死と復活によって罪が許され、神の愛と憐れみに生かされていることを確信するに至り回心したことが読み取れます。

神の愛こそ信仰の根源であると宣言し、パウロ自身が神の愛のうちに留まり、入牢、むち打ちの刑など多くの苦しみはむしろ誇りであり、神と共にいることを喜びとし、神の愛を伝える宣教者となっていったものと思います。サウロの回心について学ばなければならない大切なことは、啓示を受けて真っ白になった心に、深い洞察によって新しい信仰を得たことだと思います。

私たちの信仰にとって大切なことは、「思い巡らす」ことではないでしょうか。