光と喜びに包まれた日
ジャンヌ・ダルク F・M

 

去年の暑い夏の夕暮れ時のことです。

私は、カトリック枚方教会の門を叩きました。

身内にカトリック信者はおらず、知人にもいません。聖書を見たことも、手にしたこともありませんでした。

私は四人兄弟の一番上で、いつも「自分がしっかりしなきゃ」と思いつつ、情けないと言われる日々を過ごしていました。

家にいることが辛いなと感じる事も多く、「自分は何のためにうまれてきたのだろう」と自問自答を繰り返す日々。

家にいて、孤独感を感じていました。

時として孤独は良いものですが、時として孤独は厳しいものです。

もし神様が本当にいるのなら、この苦痛から抜け出せるのになんて考えていました。

そんな時、夢をみたのです。
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長崎中村大司教に絡むある信者の生涯
マリア M・T

これは、今から6、7年前に友人から聞いた実話です。

ある片田舎のカトリック信者の家で生まれ育ち、幼少期を甘えて過ごし、中学を卒業して何の技術も能力もないまま親元を離れ都会に出てきた。

そこで多年の辛苦を重ねることになった。

その苦難生活の中、とうとう病気になり病床生活。

ある日危篤になり、それを知った知人が中村神父様に知らせた。

それを聞いた神父様は何はともあれ、何もかも振り切って病院に駆けつけ、病者の塗油の秘蹟を授けて下さったと。

その病人は、暫くして臨終を迎え、安らかな眠りの中静かに息を引き取り、生涯を終えこの世と別れた。

中村神父様が葬儀のごミサを捧げてくださり、参列者も多くいたそうです。

葬儀の後、親族が神父様にお礼に行った時、神父様が「あの人はいつも隅の方に座ってミサに与っているのを、僕は見ていました」と話してくださったのを聞き、親族は涙・・・、「きっとあの子は貧しい生活で、ご聖体を受けられないと、隅の方でごミサに与っていたんだわ・・・」と涙。
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祈りに癒され支えられ
マリア レジーナ S・M

 

日差しが柔らかくなり、春を感じるようになりました。

この時期になると仕事帰りにお月様を眺めることがあります。

子供の頃、「春分の日のあと、満月が出た後の最初の日曜日が復活祭だよ」と教わり、月が満ちていくのを楽しむようになりました。

私は今市教会で幼児洗礼を受けました。

初聖体と堅信は枚方教会です。

初聖体(約55年ほど前)のなつかしい写真が残っていました。 “祈りに癒され支えられ
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キリスト教との出会い
三位一体のエリザベートF・C

5歳頃までよく泊まりに行っていた祖父母の家で、「旧約聖書物語」を読み聞かせてもらったり、マリア様の御絵をいただいたりしたのが始まりでした。

祖母の実家には立派なパイプオルガンがあったのでクリスマスには教会の皆が集まり礼拝をしていたというのですから、曾祖父母はおそらくプロテスタントだったと思われます。

お墓にも十字架がついています。

そんな曾祖父が祖母のために選んだ学校はカトリックの学校でした。

祖母は殉教者ゲオルギオのフランシスコ修道会の寄宿舎で大学に入るまでの一二年間を、終末以外はドイツ人シスターとともに過ごしたそうです。

ただ神道の家の跡継ぎに決められていたため洗礼は許されませんでした。

母も聖母被昇天修道会の中学校で過ごしたにもかかわらず神道のままでした。

それでも母も私自身も思い悩むと聖書を読み、その中の御言葉にいくどとなく助けられてきました。

大学院を出て結婚をしたのですが結婚式当日に発覚したとんでもない嘘の数々によって継続困難な婚姻生活にどう終止符を打つか悩んでいる最中のことでした。

ちょうどその時ウィーン国立音大の講習会のためにウィーンに滞在していました。

カプツィーナ霊廟を訪ね聖堂でお祈りをしていたときに、一人の修道士に話しかけられました。 “キリスト教との出会い
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「クラレット信徒運動の会」へのお誘い

枚方教会を司牧するクラレチアン宣教会の創立者聖アントニオ・マリア・クラレットは幼少のころから信仰が篤く、少年時代から父親の紡績工場を手伝っていましたが、福音宣教への想いを捨てがたく司祭となりました。

そのクラレットの福音宣教者としての信念は、「神の愛に燃えた宣教者はいかなる困難にもめげず、貧しさにおいても満足し、みずから労苦を担い、犠牲を抱擁し,中傷の中にあっても喜んでいる。いつも神のみ栄の為に、また人々の救いの為に、イエス・キリストにならってどのように働き苦しみ、努力するのみを考えている」という、聖クラレットによって描かれた宣教師の理によく表れています。

彼はこの宣言通り、あらゆる方法を探り、そして疲れを知らずに村から村へとみことばを宣べ伝えました。

名誉や昇格を望まなかった彼の思いに反して、キューバの大司教、スペインのイザベル女王の贖罪司祭としてカトリック教会の位階の上層まで登りましたが、本人はあくまでも人々の間で福音を宣べ伝えることに自らのカリスマを自覚していたようです。

このクラレットの精神を信徒の立場で生きようとするのがクラレット信徒運動の会です。 “「クラレット信徒運動の会」へのお誘い” の続きを読む

祈りの中での出会い ロザリアH・M

今回グァダルペの原稿依頼を受けて、何を書いたらいいかとても悩みました。

神様と出会い、導かれて洗礼を受けたという経験がないので、難しいのですが、私なりの神様との出会いを書かせていただきます。

私は、神奈川県横須賀市の病院で、カトリック信者の両親のもとに生まれました。

幼児はいつでも洗礼を受けることが出来たので、退院した日に併設する修道院の聖堂で洗礼を受けました。

母はよく祈る人でした。

うれしい時、悲しい時、困った時、探し物も祈りながらするほどでした。(母曰く、必ず見つかると言っていました。)

そんな環境で育ったので、物心ついた時から神様は身近な存在でした。

特に、祈りの時に、神様を感じることが出来ました。

私の一番古い祈りの記憶は、幼い頃、家の祭壇のろうそくに火をともし、部屋の明かりを消して、家族全員で祈る、夜の祈りの場面です。

とても静かで、神様に温かく包まれているようでした。

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教会との出会い
幼きイエスのテレジア S・S

私が初めて教会を訪れたのは小学校2年生のクリスマスのことでした。

その前年に妹が亡くなり、母は心を病んで自分を責めて泣いてばかりいました。

時々、幼い弟だけを連れて一日家を空ける日が何度もありました。

死んだ人が乗り移るという人の所へ通っていたそうです。

そんな日は、私は一人で、ただ母の帰りを待っていました。

あのクリスマスの日も私は一人ぼっちでした。

子供達がサンタさんの話をする輪から離れてポツンとしていると、近所のおばあさんが声をかけてくださいました。

私が悪い子だから、昨年からサンタさんが来ないと言うと、教会にサンタさんが来るから会いにいこうと誘ってくださいました。

母が許可したと嘘をついて、私は初めて教会という所に行きました。

温かい灯が、小さな弱い私を優しく包み込んでくれました。

今でも目を閉じると鮮やかに蘇るその灯は、私の信仰の原点であったように思います。

子供達の劇を見て、涙があふれでてきました。

あの赤ん坊は皆にあんなに愛されているのに、自分は誰からも必要とされていないように思えたのです。

おばあさんが私の頭をなでて「さとちゃんはえらいね。いっぱい我慢しているものね」と言ってくださった瞬間、私は「嘘をついて、ごめんなさい」「おかあさん、おかあさん」と声をあげて泣いてしまいました。

おばあさんに連れられて帰宅すると、私を心配して近所中大騒ぎになっていました。

母が走りよってきて、私を痛いほど強く抱きしめてくれました。

サンタさんに会う前に教会を急いで出たし、やっぱりプレゼントは届かなかったけれど、私が欲しかった本当に大切なただ一つのものは、最初からいつもそばにあったのです。
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レジオ・マリエの紹介

★レジオ・マリエの由来

レジオ・マリエは今から約90年前、アイルランドのダブリンで始められました。

昼間に働いていた若者達が、聖母のご像を囲んでロザリオを繰り、この世で神から愛されるにはどうすればいいかと話し合った、そんな単純な集まりから始まったのです。

★レジオ・マリエとは

レジオとは軍団という意味です。聖母マリアの軍団です。

現代世界憲章の第1部第1章には、人間の生活が善と悪、光と闇の劇的な戦いの様相を呈しており、その解放には主だけが人間を内部から解放されることを明記しております。

この主の霊的な戦いに第一に強く親しく参与されているのが聖母マリアです。そしてその聖母の総指揮のもとに召されたレジオ・マリエ会員は、霊的な戦いのために召された兵士といわれています。

★レジオ会員の活動

レジオは第一に会員の霊性の向上を目的としていますが、教会公認の信徒使徒職の共同体ですから、主任司祭と指導司祭の意向に従って教会のいろいろな活動に奉仕します。

枚方教会には二つのレジオがあります。

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平和旬間の取り組み 社会活動委員会

今年の平和旬間行事は、コロナの関係で中止になりましたが、ペシャワール会の活動をDVD視聴を通じて取り上げる予定でした。

その目的を知っていただきたいと思います。

ペシャワール会中村哲さんのアフガニスタンでの仕事は平和活動を目的にしたものではなく、それを平和旬間で取り上げることに違和感を持たれる方もあったかもしれません。

ペシャワール会の活動は、大げさなスローガンを掲げるのではなく、人としての素朴な思いから始まりました。

人々が普通に生きられるように衛生状態の改善から取り掛かるという医師の立場からなされたのです。

先ず水の確保、農地を回復させれば生活が出来、人々のコミュニティーが復活します。

戦争に行きたい人などいません。

皆、喜んで農民になります。

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各委員会活動の紹介と会員募集
-教会は私たちの家、皆さんの援助を必要としています-

枚方教会はこれまで多くの方の善意の協力のもと歩んできました。

聖パウロは、『コリントの教会への第一の手紙』十二章の中で教会を手や足をはじめ、様々な部分からなるひとつの体にたとえています。

枚方教会も以下に紹介するように様々な委員会や活動があり、それらによって枚方教会というひとつの体をつくっているのです。

しかしながら、近年では社会同様に枚方教会でも少子・高齢化が進んでいます。

今まで教会活動を支えてくださった方々には心より感謝の気持ちをお伝えしたいと思いますが、ここに枚方教会の明るい将来のために「自分にも何かできることは…」と思ってくださる若い世代の方(自分はまだ若いとお思いの方)の御協力をお願いする次第です。

特にここ十年以内に洗礼を受けられた方や他教会から転入して来られた方で、まだ委員会に入られていない方は、おためしとしていずれかの委員会や活動の扉を叩いて、自分に合った委員会や活動を探してみることをお勧めいたします。

信仰生活は祈りと活動の両輪によって一層豊かで実りあるものとなります。

(主任司祭  長崎壮)

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